コンセプチュアルな写真で、世界的な評価を得ている杉本博司さん。美術館入口の8階で開催されている「今昔三部作」は、杉本さんの代表作といえる《ジオラマ》(1975-)、《劇場》(1975-)、《海景》(1980-)の3シリーズを紹介するものです。
画面の中央で空と海が等分され、無限の階調が広がっていく《海景》。映画のスクリーンとその光に照らし出される劇場を、映画1本分の長時間露光で撮影した《劇場》。博物館の生態展示を被写体とし、実態と虚構の境界を掬う《ジオラマ》。ニューヨークの杉本スタジオから貸与された大判プリント作品には、荘厳な神々しさを覚えます。
展覧会は会場構成も杉本さんが手がけており、作品の選定はもちろん、照明も綿密に計算されています。例えば《海景》は通常のスポットライトで見せていますが、《劇場》は作品だけに照明を当て、さらに写真の中のスクリーンだけを照らす照明を追加。《ジオラマ》シリーズの大きな作品は中央のみに光を当て、両サイドは意識的に暗くしています。
8階の「今昔三部作」7階は「趣味と芸術 ─ 味占郷」。『婦人画報』誌で連載中の「謎の割烹 味占郷」のなかで、杉本さんが各界の著名人をもてなすために、毎回そのゲストにふさわしい掛軸と置物を選んで構成した床飾りを再現したものです。連載で杉本さんは料理も出していましたが、店主が杉本さんとは最近まで明かされませんでした。
杉本さんはニューヨークで古美術商を営んでいた事もあり、趣味として古今の名品や珍品を蒐集。床飾りも同時代の掛幅と器を揃えている事もあれば、木彫のキリスト像を置いたり(12月号の掲載に合わせたもの)、18世紀の西洋解剖図を軸に仕立てたりと、独特のセンスが光ります。
7階の「趣味と芸術 ─ 味占郷」しつらえは、前述のキリスト像のように季節にあわせたものだけでなく、ゲストにあわせる場合も。例えば映画「硫黄島からの手紙」に出演した中村獅童さんの時には、栗林中将が実際に所持していた硫黄島の地図を軸装して掛けられました、
逆に、しつらえに合わせてゲストが選ばれる時もあります。土瓶に棒を添えた「土瓶棒(ド貧乏)茶漬」をふるまった相手は、若い頃は相当な貧乏だったという竹野内豊さんでした(杉本さんは意外にもダジャレ好きです)。
会場のパネルで掲載された月とゲストが確認できますので、参照しながらご覧いただければと思います。
しつらえには、焼夷弾の筒や、雨樋を切った花入れなども店主の口上によると、割烹「味占郷」の営業は不定期で、気の向いたお客様のみおもてなしをする敷居が高い店で、予約は百年先まで埋まっているとの事。なんとも威丈高ですが、もちろん「味占郷」はフィクションです。
店主の言葉も“いかにも”という体裁のため、「味占郷」が実在すると思っている方もいるそうで、美術館には「料理人の展覧会があると聞いたのですが…」との問い合わせも入るそうです。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2015年11月5日 ]■杉本博司 千葉市美術館 に関するツイート