鳥取県中部の倉吉市に、新たな文化の拠点として鳥取県立美術館がオープン。県立レベルではほぼ最後となる新しい美術館の誕生は、鳥取県内にとどまらず全国の美術ファンからも注目を集めています。

開館記念式典のテープカット
開館記念展のテーマは、美術における「リアル」の探求です。館のコレクションと国内の名品、約180点を展示し、それぞれの作品が持つ表現の必然性を読み解きながら、美術館の未来を展望していきます。

鳥取県立美術館「ART OF THE REAL アート・オブ・ザ・リアル 時代を超える美術-若冲からウォーホル、リヒターへ-」会場入口
展覧会は6章構成です。第1章「迫真と本質」では、写真の登場によって写実が美術の唯一の目的ではなくなった中で、岸田劉生や高橋由一は対象の本質を捉えることを追求しました。
一方、20世紀後半の作家たちは写真や映像を取り入れて、機械を通じた「迫真的なイメージ」を探求していきます。

第1章「迫真と本質」
第2章「写実を超える」では、キュビスムが対象を分割・再構成し、新たな「現実」となりうることを示したこと、シュルレアリスムが夢や無意識といった非合理的な領域に着目したことを解説します。
日本美術でも「奇想の画家」や琳派の作家たちが、写実を超えた独自の手法を探求しました。20世紀美術の革新と多様な展開が浮かび上がります。

第2章「写実を超える」
第3章「日常と生活」では、美術が日常と対極にあるという考えに疑問を投げかけます。印象派や日本画の作家は日常の風景に真実を見出し、20世紀にはデュシャンやウォーホルが日常の物を美術へと転換しました。
美術は額縁や台座から解放され、日常の延長として成立するようになりました。

第3章「日常と生活」
鳥取県立美術館を象徴する作品が、アンディ・ウォーホルの《ブリロ・ボックス》です。1960年代のポップ・アートを代表する立体作品で、日用品や有名人のイメージを反復・集積し、大量生産と消費社会を象徴する作品を生み出しました。
デュシャンのレディメイドの発想を受け継ぎ、後のミニマル・アートにも影響を与えています。

アンディ・ウォーホル《ブリロ・ボックス》(5点)1968年、1968/1990年
第4章「物質と物体」では、美術における「リアル」が「表現」から「現実そのもの」へと変化する過程を考察します。《ブリロ・ボックス》を転換点とし、物質や物体を直接美術として提示する作品が示されます。
本展のタイトルは、1968年のMoMAで開催された展覧会に由来しています。その展覧会での出品作品のほか、日本人作家の作品も交え、ポップ・アート以降の新たな感性の広がりを探っていきます。

第4章「物質と物体」
第5章「事件と記憶」では、美術が戦争や災害をどのように記録し表現してきたかを検証します。日本では「群像表現」が災厄の記憶として受け継がれ、悲劇の規模が大きい場合は抽象や不在の形で表されることもあります。
現在も続くウクライナや中東の戦争を背景に、美術が現実とどう向き合うのかが問われています。

第5章「事件と記憶」
第6章「身体という現実」では、20世紀以降の美術における身体表現の変化をたどります。
身体が断片化や不在、虚像として描かれる一方で、デジタル技術の進歩による抽象化や、コロナ禍による身体の固有性の再認識など、美術と身体の関係が問い直されています。

第6章「身体という現実」
エピローグ「境界を超えて」では、美術が写実や迫真性から、生活や日常、身体といったより直接的な現実へと読み替えられていく過程を振り返ります。
国境や世代、性差など社会に存在する境界を、美術が超えていく可能性を提示。未来に向けた希望も示唆していきます。

エピローグ「境界を超えて」
企画展に加え、2階ではコレクション展も開催されています。「絣織の美」「辻晉堂の世界」など、工芸、彫刻、写真、版画、近世絵画を紹介します(各コレクション展で会期は異なります)。
また、同じく2階のエスカレーター横では、旧水木しげる記念館に晩年の水木しげるが描いた直筆の壁画ドローイングも展示されています。

コレクション展「鳥取県の工芸 ─絣織の美」
鳥取県立美術館の知名度を大きく高めたウォーホルの《ブリロ・ボックス》をはじめ、全国各地の美術館から集められた江戸絵画から現代美術までの名品が揃う本展。その質・量の充実ぶりは、東京でもなかなか実現しないほどのレベルです。
注目が集まる開館時にこれほどの展覧会が開催されるのは、とても意義深いことです。鳥取県民にとって貴重な機会であるとともに、関心を持つ多くの人々にとっても、美術の魅力を再発見する場となるでしょう。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年3月28日 ]