両面宿儺坐像 岐阜県・千光寺
2月2日よりあべのハルカス美術館の開館10周年を記念した展覧会「円空ー旅して、彫って、祈って」があべのハルカス美術館で開催されています。
今年は、年明け早々に大きな地震や航空機事故などが立て続けに起こり、不穏な1年の始まりとなりましたが、そんな時、円空の慈愛に満ちた微笑み仏を観ることができるのは幸いです。
旅の始まり
今展覧会は、5章仕立てで、円空の足跡、旅路をたどることができます。
円空仏といえば、多くの人が、ごつごつとした大胆な彫りの仏像をイメージするかもしれませんが、円空が神仏を彫り始めたごく初期には、表面を丁寧に削っています。ちょっと意外な気がします。
大日如来坐像 三重県・浜城観音堂
円空は、自ら壬申年(1632)に美濃国で生まれたと記しています。もっとも古い円空の作品は、32歳の時の作品で、それ以降1695年に亡くなるまで、まさに「旅して、彫って、祈り」ました。彼の死後100年近く経って出版された「近世畸人伝(きんせいきじんでん)」の中で、樹に仏を彫っている円空を伝えています。
伴嵩蹊著「近世畸人伝」 京都府立京都学・歴彩館
修行の旅、作風の変化
円空の旅は続きます。40歳の時、法隆寺で法相宗に連なる僧であると認められます。その後、岐阜、愛知、三重のほか、奈良・吉野大峰山で修験の行者としての修行を重ねます。
その中で、円空仏はすべすべした作風から、ごつごつとした大胆な作風へ変化します。
髪を逆立て、怒りの表情を表す護法神像(荒神像)は、自然木に彫られています。円空は、生涯を通して多くの護法神像を製作したと言われていますが、これは、最初の一体ではないかと考えられています。
護法神像(荒神像) 奈良県・栃尾観音堂
会場では、約160体の円空仏が展示されていますが、円空が描いた大般若経の見返し絵も見ることができます。
もともと巻子であったものを円空が補修した時に折本に改修したと考えられています。細かく描いているものから、大胆に省略されているものまでその変化が楽しいです。
大般若経(巻第1) 三重県・片田自治会
奈良県・松尾寺にある役行者椅像のなんと幸せそうに笑っておられることでしょう。観ている者まで思わず微笑んでしまいそうです。
役行者椅像 奈良県・松尾寺
神の声を聴きながら 50歳前後の円空仏
不動明王といえば、めくるめく火焔光背が特徴とされますが、この不動明王の火焔光背は、彫刻を施さず、木を割ったままの形をそのまま用いています。それゆえの迫力です。
不動明王及び二童子立像 栃木県・清瀧寺
祈りの森 千光寺に伝わる円空仏
円空は、飛騨・千光寺の住職・舜乗(しゅんじょう)と意気投合し、しばしば滞在し、彫刻に没頭したそうです。
立木仏(地面に生えたままの立ち枯れた木を彫って作られた仏像)として伝わる金剛力士(仁王)立像は、「近世畸人伝(きんせいきじんでん)」の中に描かれたように彫られたとされています。
背面に残る大きな節も迫力満点です。
金剛力士(仁王)立像(吽形) 岐阜県・千光寺
千光寺に三十一体残る菩薩立像は、圧巻です。同じ様に見えながら、一体ずつに個性が表れている三十一体を観ながら、円空が彫りながら考えたこと、祈ったことに思いを馳せたいと思います。
観音三十三応現身立像 岐阜県・千光寺
旅の終わり
千光寺滞在前後からの最後の10年間も、円空は、旅し、彫り、祈り続けています。多様な円空仏を各地でみることができます。
仏像ではありませんが、この時期に彫られた柿本人麻呂像のくつろいだ表情は、やさしさに満ちています。
円空自身、歌を詠むので、人麻呂をあがめ、各地に人麻呂像を残しています。
柿本人麻呂坐像 岐阜県・東山神明神社(飛騨高山まちの博物館 寄託)
前回の大がかりな円空展が、東北大震災復興を願って、2015年福島県立美術館で開催されました。その時も、多くの人が円空仏によって慰められたと聞きます。
期せずして、今回の展覧会は、能登の地震直後の開催となりました。そこになにかの因縁さえ感じます。微笑む円空仏を観た私たちにできることを考えたいと思います。
今回の展覧会は、あべのハルカス美術館開館10周年記念ということで、巡回せず、あべのハルカス美術館のみの開催です。お見逃しなく!
[ 取材・撮影・文:atsuko.s / 2024年2月1日 ]
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