浮世絵における人気ジャンルのひとつが、軍記物語や武勇伝説に登場する勇壮な武将を描いた「武者絵」。浮世絵の祖と言われる菱川師宣の時代から明治時代まで、多くの絵師が武者絵を描いてきました。
充実した日本美術コレクションで知られるボストン美術館から、118点の武者絵が里帰り。武者絵と共通のイメージをもつ鐔(つば)、そして武士の魂といえる刀をあわせて紹介する展覧会が、森アーツセンターギャラリーで開催中です。
森アーツセンターギャラリー ボストン美術館所蔵「THE HEROES 刀剣×浮世絵−武者たちの物語」会場入口
会場は歴史順で「神代の武勇譚」から。神代とは、天地開闢から神武天皇の前まで、神が治めていたとされる時代です。
この時代の物語は古事記や日本書紀などで伝わりました。18世紀以降の武者絵本の中に、天照大神(あまてらすおおかみ)や素戔嗚尊(すさのおのみこと)ら神代の豪傑が描かれています。
(左から)歌川国輝「本朝英雄伝 牛頭天皇 稲田姫」弘化4~嘉永元年(1847~48)頃 / 月岡芳年「大日本名将鑑 素盞烏尊 稲田姫」明治12年(1879)2月20日 ともにボストン美術館
続いて「平安時代の武者」。平安時代の10〜11世紀に武装集団が登場、日本は武士が先頭に立つ時代に入っていきます。
清和源氏の三代目・源頼光は、土蜘蛛退治や大江山酒呑童子退治などの武勇伝説を持っている事から、しばしば絵画のモチーフになっています。さらに、その家臣である坂田金時(幼名:金太郎)など頼光四天王も、それぞれに武勇譚があります。
(左から)勝川春亭 坂田金時 寛政10年(1798)頃 / 歌川国貞「渡辺ノ綱 坂田金時 平井保昌 源頼光」文化12年(1815)頃 ともにボストン美術館
続く「源平時代の英雄」は、平清盛による支配から壇ノ浦での平家滅亡まで。『平家物語』『源平盛衰記』などの軍記物語からは、数多くの武者絵が生まれています。
源平の武将は個性的な面々が揃っていますが、中でも浮世絵のモチーフとして人気を博したのが源義経です。牛若丸の時代から兄の頼朝に追われて悲運の最期を遂げるまで、従者の武蔵坊弁慶の活躍も含めて、絵師の創作意欲をかき立てました。
(左から)歌川国貞「武蔵坊弁慶 御曹子牛若丸」文化10~11年(1813~14)頃 / 歌川国芳《天狗の加勢を得て戦う牛若丸と弁慶》嘉永3年(1
850) ともにボストン美術館
続く「鎌倉時代の物語」では、曽我物語が有名です。父を殺された曽我十郎祐成と曽我五郎時致の兄弟が、18年間の苦難の末、富士の裾野の狩場で父のかたき工藤祐経を討ち果たすストーリーです。
五郎と朝比奈三郎の力比べ「草摺引」は歌舞伎にも取り入れられ、曽我狂言の重要な舞踊になりました。
(左から)歌川国貞「曽我五郎時宗 御所五郎丸重宗 十番切」文政8年(1825)頃 / 歌川国芳「建久四年五月廿八日富士之裾野曽我兄弟夜討本望之図」天保7年(1836)頃 ともにボストン美術館
次は「『太平記』の武将たち」。『太平記』は、鎌倉幕府の滅亡や南北朝の動乱を描いた軍記文学です。江戸時代には「太平記読み」と呼ばれる講釈としても広まりました。
楠正成・正行の親子や新田義貞、後醍醐天皇の皇子・大塔宮護良親王など、南朝方の忠臣を描いた作品が数多くつくられています。
(左側)歌川国貞「大森彦七」文政11~13年(1828~30)頃 / (右側上から)《大森彦七図鐔 銘 浜野矩隋(印)》江戸時代(18世紀) / 《大森彦七図鐔 無銘(宗典派)》江戸時代(19世紀) すべてボストン美術館
続いて「川中島合戦」。越後の上杉謙信と甲斐の武田信玄が覇権をかけて激突した、戦国時代屈指の名勝負。謙信と信玄が一騎討ちしたというエピソードは、浮世絵の黎明期から繰り返し描かれてきました。
信玄の伝説的な軍師である山本勘助や、越後・甲斐の武将の姿も、浮世絵の題材になっています。
(左から)歌川国芳「信州川中島大合戦之図」弘化2年(1845)頃 / 歌川国芳「川中島信玄謙信旗本大合戦之図」弘化2年(1845)頃 ともにボストン美術館
続いて「小説のヒーローたち」。19世紀になると伝奇的な長編小説である「読本」が出版され、その登場人物たちを描いた武者絵も人気を呼びました。
曲亭馬琴による『南総里見八犬伝』は、八つの玉から生を得た八犬士が下総の里見家を興隆させる物語です。歌舞伎にもなり、人気を博しました。
(左から)三代歌川豊国(歌川国貞)里見八犬伝「犬田小文吾」弘化2~3年(1845~46)頃 / 歌川国芳「里見八犬伝一覧」嘉永5年(1852) ともにボストン美術館
最後の展示室は圧巻。ボストン美術館の名刀がずらりと並びます。
日本刀は人気があり、海外の美術館にも数多く収蔵されていますが、ボストン美術館の日本刀コレクションは約600。質、量ともに群を抜いています。
展示されているのは京都、奈良(大和)、岡山(備前)など有名な製作地で作られたものや、江戸時代初期の慶長以降の刀である新刀など。拵も含めて20点で日本刀の歴史を概観できます。
森アーツセンターギャラリー ボストン美術館所蔵「THE HEROES 刀剣×浮世絵−武者たちの物語」 「ボストン美術館の名刀」会場風景
質の高さでも知られるボストン美術館の浮世絵。鮮やかな色彩が残っている作品を、写真撮影も自由の会場でお楽しみいただけます。
東京展でスタートし、新潟、静岡、兵庫と巡回します。会場と会期はこちらです。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年1月20日 ]