濃いコーヒーを飲むための小さなコーヒーカップ「デミタス」。19世紀に誕生し、その広がりとともにジャポニスム、アール・ヌーヴォー、アール・デコなどさまざまなデザインのカップがつくられました
2000点以上のデミタスカップを所蔵する村上和美氏のコレクションから、厳選された優品を紹介する企画展が、渋谷区立松濤美術館で開催中です。
渋谷区立松濤美術館「デミタスカップの愉しみ」会場入口
展覧会は大きく2部構成。それぞれが、さらにいくつかの章に分かれています。
第1部は「デミタス、ジャポニスムの香り」。1862年のロンドン万博以降、日本の美術品は万国博覧会で注目を集め、1870年頃からジャポニスム(日本趣味)がヨーロッパを席巻しました。
デミタスにおいても、ジャポニスムの影響は顕著です。梅や桜、昆虫、日本の伝統的な意匠、伊万里風の装飾など、ジャポニスムのデミタスは数多くつくられました。
第1部2章2節「梅、桜」
江戸時代から輸出されていた、日本のやきもの。受容が広まるとヨーロッパ各地の窯で模倣が進み、輸出は減ってしまいますが、万博での高評価を受けて再び流行。明治以降は外貨獲得の手段として数多く輸出されました。
デミタスはヨーロッパ製ばかりではありません。輸出用に作られた九谷焼、京都の錦光山、オールドノリタケに代表される各メーカーなど、日本でも数多くつくられています。
第1部3章「日本製のデミタス」
19世紀末から20世紀初期にかけて流行したのが、有機的な曲線で構成されたアール・ヌーヴォーです。美術、工芸、建築、室内装飾、グラフィックデザインなどさまざまな分野に広まり、1900年のパリ万博で最盛期を迎えました。
会場には、アール・ヌーヴォーの意匠を取り入れたデミタスも。とんぼや蝶などの昆虫や、ポピーや撫子の花など身近な自然をモチーフにしたデミタスが目を引きます。
第1部4章「アール・ヌーヴォーへ」
第2部は「デミタス、デザインの大冒険」。デミタスは表面に描かれた図像だけでなく、器の形も見どころです。
カップやハンドルもありきたりの形態ではなく、デザイン的に処理されたものも。サンドイッチやビスケットを置くことができる大きめのソーサ―がついているものもあります。
多くのデミタスは磁器ですが、なかにはガラスのデミタスもあります。ボへミアやヴェネツィア製が多く、その透明感は異彩を放ちますが、脆弱な事もあり、どちらかというと鑑賞向きです。
第2部1章「ガラス製のデミタス」
とくにユニークなかたちのデミタスは、こちらのコーナーに並びます。口縁部が花びら形やハート形だったり、蝶、人物、植物などをかたどったハンドルが付いていたりと、独創的なデザインです。
なかにはコーヒーを飲むには難しそうなかたちもありますが、デミタスの世界では、どんなテーマも意匠として取り込まれていきます。
第2部3章「装飾のかたち」
褐色のコーヒーを入れるデミタス。コーヒーを飲み干すまでは、カップの底は見えません。
それを意識してか、カップの底に文様や絵を配したデミタスも少なくありません。それらのカップは、上から覗くケースで紹介されています。
第2部7章「覗いて愉しむ」
多くのデミタスに囲まれている村上和美氏。自身が厳選したデミタスを、自身の言葉で紹介するコーナーもあります。
《金彩ジュール透かし彫りカップ&ソーサー》は、透かし彫りの名工、ジョージ・オーウェンによる芸術的な作品。「コレクターとしては『どうしてもいつか手に入れたい憧れの逸品』の一つ」としながらも、「次世代へと引き継ぐ事も大切な責務であると気付かされます」としています。
第2部9章「デミタスの愉しみ、デミタスの喜び」 《金彩ジュール透かし彫りカップ&ソーサー》ロイヤルウースター(イギリス)ジョージ・オーウェン 1880年頃
とても小さなデミタスですが、百花繚乱といえるデザインの広がりは果てしないほど。村上氏は、手に入れたカップは鑑賞するだけでなく、必ず一度はコーヒーを愉しむそうです。
京都、群馬と巡回して、東京が最終会場です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年8月23日 ]