20世紀最大の芸術運動だったシュルレアリスム。芸術の枠を超える広がりを見せ、モードの世界もシュルレアリスムに通じるような作品が生まれました。
シュルレアリスムがモードの世界にセンセーションをもたらした、さまざまな美の表現を紹介する展覧会が、東京都庭園美術館で開催中です。
東京都庭園美術館「奇想のモード」展示風景
現代の私たちからみた「奇想」をテーマに、古今東西の作品を紹介する本展。会場には16世紀の歴史的なファッションプレートからコンテンポラリーアートまでの幅広い作品が並びます。
美しく装うのは、人々の普遍的な欲求。過去の歴史においては、自然な肉体を極端に歪めさせて、美を追求した事もありました。西洋のコルセット、中国の纏足が典型的です。
《コルセット》1880年頃 神戸ファッション美術館
死後の肉体は朽ちていきますが、生前のかたちのまま残るのが髪。平安時代には長いほど美しいとされ、ロココ時代には高く盛り上げた髪型が流行するなど、髪への執着は古今東西どこでもみられます。
永澤陽一の《ボディ・アクセサリー(2004年秋冬)》は、人工毛とスウェードの紐でできています。
永澤陽一《ボディ・アクセサリー(2004年秋冬)》2004年 京都服飾文化研究財団 株式会社STIL寄贈
エルザ・スキャパレッリは奇抜なアイデアで一斉を風靡したファッション・デザイナーです。7つ年上で同時代に活躍したココ・シャネルとは、ライバルといえる関係でした。
ジャン・コクトーやサルヴァドール・ダリとコラボレーションするなど、シュルレアリスムに共鳴。「ショッキングピンク」は彼女が命名したものです。
(奥左から)エルザ・スキャパレッリ《イヴニング・ケープ》1937年 神戸ファッション美術館 / エルザ・スキャパレッリ《イヴニング・ドレス》1952年頃 神戸ファッション美術館/ エルザ・スキャパレッリ《イヴニング・ドレス(1935年夏)》1935年 京都服飾文化研究財団 / (手前)エルザ・スキャパレッリ《イヴニング・ケープ》1938年 京都服飾文化研究財団
シュルレアリスム運動は、成立当初からモード的な要素を持っていました。1938年に開催されたシュルレアリスム国際展にはマネキンが登場し、マックス・エルンストやダリらが飾りたてています。
ニューヨークで創刊されたファッション雑誌『ハーパース・バザー』も、1930年代後半からの表紙はシュルレアリスムの影響が強くなりました。
第5章「シュルレアリスムとモード」 5-3「物言わぬマネキンたち」展示風景
江戸時代の花魁は、極めて個性的な装いでした。結い上げた髪に簪を幾本も刺し、顔見せのための花魁道中では、高下駄を外側に弧を描くような独特のフォームで遊郭を練り歩きました。
華やかな花魁は時代を象徴するファッションリーダーでもあり、多くの浮世絵師がその姿を錦絵で描きました。
第7章「和の奇想 ― 帯留と花魁の装い」展示風景
会場の最後は「ハイブリッド」をキーワードに、モードに見られる“奇想”を展観します。
舘鼻則孝は花魁の高下駄からインスピレーションを得て《ヒールレスシューズ》を制作。東京藝術大学の卒業制作として手がけた初のヒールレスシューズがレディー・ガガの眼に留まり、身に着けたエピソードは有名です。
舘鼻則孝《ヒールレスシューズ》《ベビーヒールレスシューズ》2021年 作家蔵
ユニークなポニーの革のジョッパーズパンツを手がけたのは、永澤陽一。本物の馬の毛皮、しっぽ、さらに蹄には蹄鉄もうたれています。
人と馬の骨格の違いから、着装する事はほぼ不可能です。
(3点とも)永澤陽一 ジョッパーズパンツ《恐れと狂気》2008年 神戸ファッション美術館
動物の皮革、昆虫や鳥の羽根をモチーフにした靴は、串野真也の作品です。
自然に恵まれた因島(広島県)で生まれ育った串野にとって、動物や昆虫などの自然物は幼い頃から親しんだ身近な素材です。
串野真也《Guardian deity Bird》2017年 作家蔵
シュルレアリスムの傑作に加え、奇想をテーマに集められた絵画、写真、ファッション、現代アートと、展示作品は多彩。アール・デコ様式の展示空間もあわせて、会場全体が独特の空気感に包まれている、とても個性的な展覧会です。
ぜひ、あまり先入観を持たずに鑑賞してみてください。お気に入りの作品があったら、詳しい解説は展覧会公式図録でチェック。図録はオンラインでも販売しています。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年8月14日 ]