京都・高山寺が所蔵する国宝《鳥獣戯画》。兎や蛙、猿など擬人化された動物たちのコミカルな姿は有名で、最も良く知られている日本美術のひとつといえるでしょう。
鳥獣戯画の甲・乙・丙・丁全4巻の全場面が会期中とおして公開されるという前代未聞の展覧会が、東京国立博物館ではじまりました。
東京国立博物館 平成館「国宝 鳥獣戯画のすべて」 会場前のバナー
展覧会は3章構成で、まずは鳥獣戯画の説明から。鳥獣戯画4巻は、有名な甲巻、動物図鑑のような乙巻、人物と動物の丙巻、人物中心の丁巻と、内容が異なることを模本の住吉家旧蔵本でおさえておきましょう。
第1章「国宝 鳥獣戯画のすべて」 会場風景
続いて、いよいよ鳥獣戯画の登場。既に各所で報道されているのでご存知の方も多いと思いますが、甲巻の前には「動く歩道」が設置されました。順番に並べば、皆が必ず間近で鑑賞できる事となります。実際に乗ってみると、スピードはかなりゆっくり。お目当ての場所をじっくり見る事ができそうです。
兎、猿、蛙など11種の動物たちが描かれている甲巻。前半と後半で線描や動物たちの表情が異なるので、別の人物によって描かれたとされています。あきらかに絵が繋がっていない部分もあり、元は別の姿だったことも推察できます。
国宝《鳥獣戯画 甲巻》平安時代・12世紀 京都・高山寺
乙・丙・丁の3巻は続く展示室で紹介。ここには「動く歩道」はなく、通常の覗きケースでの鑑賞です。
乙巻はまるで動物図巻のよう。前半は日本の動物、後半は異国の動物と霊獣です。後半が慎重な筆運びに見えるのは、おそらくお手本を参考にしているためと思われます。
国宝《鳥獣戯画 乙巻》平安時代・12世紀 京都・高山寺
丙巻は前半は人物、後半は動物で、もとは紙の表裏に描かれていたことが分かっています。
よく見ると人物戯画は、濃い墨線の下に薄い墨線がみえる部分も。このような表現は平安時代の絵巻物に見られるので、制作時期が平安時代にさかのぼる可能性もあります。
国宝《鳥獣戯画 丙巻》平安~鎌倉時代・12~13世紀 京都・高山寺
丁巻は人物が主体。おおらかな筆致が目につきますが、描写は的確なので、作者の技量の高さが伺えます。法会に参列している人物の中に、鎌倉時代に流行したスケッチ風の「似絵」で描かれた顔があるのも特徴といえます。
国宝《鳥獣戯画 丁巻》鎌倉時代・13世紀 京都・高山寺
続く第2章は「鳥獣戯画の断簡と模本」。鳥獣戯画には、本来の巻物から分かれた「断簡」として、甲巻から分かれた4点、丁巻から分かれた1点、あわせて5点が確認されています。断簡には「高山寺」印がない事から、江戸時代以前に分かれたものと見られます。
重要文化財《鳥獣戯画断簡(東博本)》平安時代・12世紀 東京国立博物館
そして、過去の鳥獣戯画を写した「模本」の中には、いまでは失われた画面が写し留められているものや、もともとの絵の順序を推測する手がかりがになるものも。
たとえば住吉家旧蔵の模本には、後半部分に、今はない蛙、兎、猿の蹴鞠などのシーンが残されています。
《鳥獣戯画模本(住吉家旧蔵本)巻第五》安土桃山時代 慶長3年(1598)梅澤記念館
最後の第3章は「明恵上人と高山寺」。
奈良時代の創建と伝わる高山寺。鎌倉時代の初めに、明恵上人が華厳宗の道場として再興しました。
学問に打ち込み、仏道修行に邁進した明恵。鎌倉時代を代表する高僧ですが、生涯に渡って夢の記録を残すなどユニークなエピソードも残っています。
重要文化財《明恵上人坐像》は、まるで明恵を生き写したかのよう。明恵は若き日に求道の思いから右耳を切り落としており、像も右耳の上部が欠けています。
重要文化財《明恵上人坐像》鎌倉時代・13世紀 京都・高山寺
展覧会の最後は、可愛らしい子犬。かつては明恵上人坐像と一緒に安置されていました。
高山寺の造像を数多くてがけている運慶の子・湛慶の作である可能性が高い像です。
重要文化財《子犬》鎌倉時代・13世紀 京都・高山寺
展覧会は当初、2020年7~8月に開催される予定でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大により延期に。9カ月遅れで、待望のスタートとなりました。
全巻・全場面だけでなく断簡や摸本も含めて、まさにこれ以上の「鳥獣戯画のすべて」はありえない、“全部出し”の展覧会。チケットは事前予約制です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年4月12日 ]