今日まで1,000年以上の歴史を誇る英国王室。大きな騒乱に何度も直面しながらも、時には時代に寄り添い、時には抗いながら、今日までその栄華を繋いでいます。
本展はテューダー朝から現在のウィンザー朝まで、5つの王朝の肖像画・肖像写真などを紹介する企画。世界屈指の肖像専門美術館ロンドン・ナショナル・ポートレートギャラリーから、約90点が来日しました。
会場は時代順で、1485年にヘンリー7世が開いたテューダー朝から。テューダー朝では1603年まで5人の君主が英国を統治しました。
ヘンリー7世の後を継いだのがヘンリー8世。テューダー家による治世を安定させるため男児を求め、6人の妻を娶りました。離婚問題のため、ローマ・カトリック教会からのイングランド国教会を分離させた事でも知られます。
自らの信仰に基づき、イングランドを再びローマ・カトリックに戻したのがメアリー1世です。数多くのプロテスタントを処刑したため「ブラッディ・メアリー」の異名もあります。
ちなみに、メアリー1世との後継者争いに破れて処刑されたのが『怖い絵』展のジェーン・グレイです。
第1章「テューダー朝」
1603年にエリザベス1世が亡くなると、ヘンリー8世の血筋は途絶えます。ヘンリー7世の血を引くスコットランド王ジェームズ6世が迎えられて、イングランド王ジェームズ1世として即位。イングランドにおけるステュアート朝が開かれました。
続くチャールズ1世は議会と対立して処刑され、一時は英国史上初めて共和制が成立するなど、この時代のイングランドは大きく揺れ動きました。「名誉革命」の後には、イングランド王でも否定できない国民の諸権利が認められ、王権による支配の性質そのものが変わっていきました。
一方、チャールズ1世らは芸術も推進。ヴァン・ダイクやルーベンスら、大陸の先駆的な画家が英国に渡り、遅れを取っていた英国美術が大きく前進して行く事となります。
第2章「ステュアート朝」
1714年、アン女王の死去でステュアート朝は断絶します。議会はジェームズ1世の曾孫で、ドイツ・ハノーファー家のゲオルク(英名はジョージ)を召還し、ジョージ1世として即位。ハノーヴァー朝が始まりました。
ハノーヴァー朝では王位継承を巡ってジャコバイト蜂起が起こるなど対立は続くものの、産業革命により大英帝国は大きく発展。消費社会も萌芽し、君主や主要な政治家を揶揄する風刺画も流行しました。
強烈な風刺画が《消化におびえる酒色にふけた人、ジョージ4世》です。大酒飲みと放蕩な生活で丸々と太り、「クジラ王子」と嘲笑されていた皇太子(後のジョージ4世)の姿を、容赦ないタッチで描いた作品です。
美術の分野では、この時代にロイヤル・アカデミーが設立。実力ある英国人芸術家が、次々に世に出ていきました。
第3章「ハノーヴァー朝」
叔父のウィリアム4世が死去した後、わずか18歳で即位したのがヴィクトリア女王です。63年にわたる在位は、歴代のイギリス国王の中で2番目の長さを誇ります。
ヴィクトリア時代の大英帝国は、カナダ、オーストラリア、インド、マレー半島、アフリカ西部などを植民地として支配。文字通り帝国主義の覇者として、その治世は世界中に広がっていました。
ただ、この頃の英国君主は、すでに政治権力の中心ではなくなっていたのも事実です。その存在は統治者ではなく君臨者で、名目上の国の代表者という役割を担っていました。
この時代に発明された写真にはヴィクトリア女王も興味を示し、肖像写真を撮影させました。王室の写真は一般にも販売され、そのイメージは写真とともに大衆に広まっていきました。
第4章「ヴィクトリア女王の時代」
そして現在まで続くのが、ヴィクトリア女王の孫、ジョージ5世が開いたウィンザー朝です。
第一次世界大戦でドイツと交戦した英国。ジョージ5世は国民感情に配慮し「サックス・コーブルク・ゴータ」というドイツ風の名称だった家名を、居城にちなんだ「ウィンザー」に改称し、ウィンザー朝が成立しました。
ジョージ5世の長男、エドワード8世は民衆からの人気も高い王子でしたが、離婚歴があるアメリカ人女性との結婚を望んで王位を放棄。いわゆる「王冠を賭けた恋」は、英国王室を揺るがす大騒動になりました。
現在の女王、エリザベス2世が即位したのは1952年、25歳の時です。女王自身の希望で戴冠式はテレビでも放映。威厳に満ちた肖像だけでなく、子どもと遊ぶ姿など、現代の王室に求められる姿も数多く見せています。
印象に残るのがダイアナ妃。肖像画は、ナショナル・ポートレートギャラリーで最も有名な作品のひとつです。チャールズ皇太子との結婚式は世界中から祝福されましたが、両者は1996年に離婚。翌年、ダイアナ妃は悲劇的な死を迎えています。
第5章「ウィンザー朝」
現在、エリザベス2世は94歳。在位は68年を超え、英国君主史上最長を更新し続けています。3歳の時から王位継承順位第1位だったチャールズ皇太子は、既に71歳に。チャールズ皇太子の次男、ハリー王子は今年1月に王室離脱を宣言するなど、英国王室はいまでも話題に事欠きません。
展覧会ナビゲーターを務めたのは、『怖い絵』著者の中野京子さん。中野さんにより、描かれた王の歴史的な背景が会場各所で解説されており、より深い絵画鑑賞をお楽しみいただけます。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2020年10月9日 ]