DNAは生物の設計図(ゲノム)を書いている文字にあたります。1980年代に古人骨にもわずかなDNAが残っていることが発見され、2006年には「次世代シークエンサ(DNAの配列を読み取る機械)」と呼ばれる画期的なDNAシークエンサが実用化されると、古代DNA研究は新たなステージに入りました。
遺跡から発掘された古代人のDNA解析を通じて、日本人の起源と歴史を探る展覧会「古代DNA ―日本人のきた道―」が、国立科学博物館で開催中です。

国立科学博物館「古代DNA ―日本人のきた道―」会場入口
ホモ・サピエンスは約4万年前に日本列島に到達しました。沖縄・石垣島で発見された2万7000年前の人骨は、国内で最も古い人骨のひとつであり、ゲノム解析が進められています。
沖縄・白保竿根田原洞穴遺跡で、旧石器時代の人骨約25人前後が発見されました。保存状態の良い頭骨もあり、当時の人々の生活や葬儀方法がわかりました。

白保竿根田原洞穴遺跡4号人骨 沖縄県立埋蔵文化財センター
縄文時代は約1万6000年前から約2900年前まで続き、DNA解析によって縄文人の実態が明らかになっています。生活や社会、精神文化、食生活などが紹介されています。
縄文人は丸顔で彫りが深く、鼻が高いのが特徴です。身長は男性約158cm、女性約146cmと小柄で筋肉質でした。地域ごとに体格に差があり、山間部は華奢で海岸部は頑丈でした。

船泊遺跡23号人骨 復顔(DNA情報に基づいて作成) 国立科学博物館
弥生時代は水田稲作とともに始まり、縄文人とは異なるDNAを持つ人々が移住しました。1000年あまりで現代日本人のDNAがほぼ出そろったことも明らかになっており、弥生人のDNAとその多様な社会が紹介されています。
DNA解析により、弥生時代には遺伝的に多様な弥生人が日本列島に存在していたことが分かり、渡来系弥生人にも縄文人のDNAが含まれていることが明らかになっています。

横隈狐塚遺跡ST-110人骨(女性)(渡来系弥生人) 九州大学
古墳時代にはヤマト政権が誕生し、渡来人が技術を伝えました。古墳時代の人々のDNAは現代日本人に近いものの、縄文系の特徴を残す人々もいます。
人物埴輪は、古墳時代の人々の姿を示す埴輪。展示されている埴輪は、袈裟状の服を着てタスキをかけ、女性は島田髷に似た髪型をしています。

(左から)蕃上山古墳男子人物埴輪 大阪府立近つ飛鳥博物館 / 蕃上山古墳女子人物埴輪 大阪府立近つ飛鳥博物館
縄文時代、最古のイヌが日本列島に渡来し、7000年間隔離されていました。弥生時代に異なる系統と混血し、DNA解析でその歴史が解明されました。復元模型も展示されています。
縄文時代のイヌは柴犬に似た小型の猟犬で、狩猟採集生活に適応していたことがわかり、顔はキツネ型の特徴を持っています。

縄文時代のイヌ
イエネコは深く関わり、最新のDNA研究で現代日本猫の多くが平安時代前後に渡来したネコを祖先に持つことが分かりました。
長崎県のカラカミ遺跡で見つかった最古のイエネコの骨は、イエネコかヤマネコか。DNA分析が待たれます。

ツシヤマヤネコ 環境表対馬野生生物保護センター
琉球列島では独自の縄文文化が発展し、弥生時代には九州と沖縄を結ぶ交易ルートが形成されました。ここでは、海上往来がDNAに与えた影響を探ります。
古代DNA研究により、琉球列島では渡来系集団の影響を受け、グスク時代に沖縄の人々のゲノムが完成したことがわかりました。また、本土より縄文系の遺伝子を多く保持していることも明らかになっています。

面縄第1貝塚1号人骨(女性)(弥生早期併行期の南島人) 伊仙町教育委員会
日本列島北部では約2400年前、続縄文文化が誕生し、アイヌ文化へと発展。北部の人々は縄文人の遺伝的特徴を強く受け継ぎました。
DNA分析で、アイヌは縄文人を基盤に、本土や沿海州の影響を受けて形成されたことがわかっています。

(右手前)大岬遺跡3号人骨(オホーツク文化人) 北海道教育庁
古代の人々の足跡が、遺跡や出土品を通じてどのように現代に繋がっているのか、そしてそれが私たちの文化や社会にどのような影響を与えてきたのか。あらためて考えるきっかけとなる展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年3月14日 ]