季節ごとにさまざまな色や姿で人々を楽しませる草花。それらの花を生けるための「花器」に着目した展覧会が、六本木の泉屋博古館東京で開催中です。
「花器」のはじまりは、中国の寺院における荘厳の道具として伝来したとされています。会場では、住友コレクションと、華道家・大郷理明氏寄贈の花器コレクション合わせて約90点が並んでいます。
泉屋博古館東京「花器のある風景」会場入口
第1章は「描かれた花器」。花器が描かれている絵画から、近世以降に見られた花器への関心やその表現のようすを紹介します。
展覧会ポスターにも採用された「春花図」は、江戸時代後期に京都で活躍した原派の祖・在中とその息子・在明による合作です。在中は牡丹を満載した水盤を、在明は数種類の椿や薔薇、蘭、小手毬などをいけた玉飾りのついた手籠を手がけています。華やかな牡丹は、京都・知恩院に伝わる中国・元時代の作とされる《牡丹図》を手本としたもので、水盤の模様まで忠実に写し取ろうとした跡がうかがえる作品です。
(左から)《玉堂富貴図(三幅対のうち)》椿椿山 1840(天保11)年 / 《春花図》原在中・原在明 画 19世紀・江戸時代 ともに泉屋博古館
村田香谷が描いたのは、文人たちが好み楽しんだものを集めた一巻。四季の花々や果物のほか、文房四宝と呼ばれる筆・紙・硯・墨、さらに青銅器や陶磁器、太湖石などが描かれています。画巻中央の2匹の金魚が泳ぐガラス製の器は、花器としても使われ、百日紅と思しき花がいけられています。
《花卉・文房花果図巻》村田香谷 1902(明治35)年 泉屋博古館東京
第2章は「茶の湯の花器」。江戸時代より歴代の住友家当主によって収集された、住友コレクションの花器。特に十二代友親と十五代友純(号・春翠)は茶の湯とのつながりが深く、茶会で披露するための花器を多く収集しました。
第2章「茶の湯の花器」
住友家に養嗣子として入り、家長として住友の事業を近代化させ現在の住友グループへと導いた春翠は、文化活動にも熱心で茶事や書画、能楽に関連する美術品を幅広く収集しました。
春翠が茶の湯に親しむ中で好んだのが、江戸時代前期に活躍した茶人・小堀遠州ゆかりの茶道具でした。黒漆が塗布され、独特な風合いをもつ「キネナリ」は、1924(大正13)年に春翠が入手したもので、住友コレクションの中でも特に有名な一品です。
「座敷飾り」の重要な道具として珍重された中国から渡来した銅製の花器。象形の耳を巡る部分には、饕餮風の怪獣文のうつしが見られます。
《古銅象耳花入 銘 キネナリ》14世紀・元時代 泉屋博古館東京
第3章では、古流のいけばな団体「心の花」を主宰する、大郷理明コレクションより銅花器約60点が並んでいます。中国に由来する伝統的鋳金技術とともに、日本独自の表面着色技術が加えられた花器は、大郷自身が生け花の創作活動中に実際に使用したものです。ここでは、特徴のある数点をご紹介します。
第3章「大郷理明コレクションの花器」
牛が薪を運んでいる様をあらわした金属製の花器、薄端。牛やその上の円筒、水うけなどのパーツは、それぞれ鋳造した後に蝋付によって接続をしています。色のコントラストや体毛までこだわることで、牛をよりリアルに感じることができます。
《紫銅牛形薄端》横河九左衛門 19世紀 大郷理明コレクション 泉屋博古館
長方形の水盤は、うろこ雲を透かしで表現した本体に赤褐色で仕上げた水受け盤をはめ込んだもの。作者は分かっていませんが、均一性を保ちながら蝋型によってつくられた文様から、高いテクニックを感じることができます。
第3章「大郷理明コレクションの花器」
ほかにも鯉や亀、蛤や波しぶきをあらわした薄端もあります。会場では、草花も飾られている写真パネルも展示され、花器としてだけでなく、花が生けられた本来の姿も想像できます。
《瑞雲波足薄端》横河永定 19世紀 大郷理明コレクション 泉屋博古館
江戸時代の発展を経て美を確立していた近代の花器は、明治時代になると万国博覧会に向けて数多く制作されました。人気を誇った日本のやきものの中でも、花器は調度品として国内外のお客様をもてなす場に華を添えました。
第4章「花入から花瓶へ」では、花器を描いた梅原龍三郎の洋画とともに、華やかな花器が並んでいます。
《色絵花鳥模様花瓶》幹山伝七 19世紀・明治時代 泉屋博古館東京
メインとなる花を引き立たせる「名脇役」と言える花器。改めて1点ずつ見ていくことで、花器のさまざまな表情に気づくことができる展覧会になっています。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 / 2025年1月24日 ]