人々を男と女で二分する、ジェンダー区分。男性の方が筋力があるなど、しばしばジェンダー区分は生物学的な要素と結びつけて「昔から決まっていた」と容認されがちですが、本当にそうでしょうか?
国立歴史民俗博物館で開催中の本展示では、社会のシステムで変容してきた男女の役割について掘り下げます。
国立歴史民俗博物館「性差(ジェンダー)の日本史」会場
会場構成は時代順で、第1章「古代社会の男女」からはじまります。
弥生時代後期から古墳時代前期(1世紀後半~4世紀)の日本には、大きな古墳の中心に葬られるような女性首長がたくさんいました。古代日本でもっとも有名といえる卑弥呼も、この時代の人物です。
中国の官爵体系で将軍は男性と決まっていたので、5世紀頃から日本でも首長の男性化が徐々に進みますが、それでも推古天皇から称徳天皇までは、女帝が8代6名、男帝は7代7名と、ほぼ半々です。
7世紀末から8世紀初めにかけて中国から律令制が導入されると、父系原理の国家体制に。税の負担者は戸主である男性になり、女性の働きは見えにくくなりました。
第1章「古代社会の男女」
第2章は「中世の政治と男女」。律令制で政治・行政から排除された女性。女房(上級女性官人)は、行事に随行しても、顔は出さずに、御簾の向こう側に着座しました。
中世に上皇(院)が政治を主導する院政が始まると、宮廷社会も変化。天皇や上皇らの寵愛を受けた女房らは、院に準じた待遇を受ける「女院」になり、院と同様に自らの荘園を設立して経営します。
また、天皇と官人の間を取り次ぐ立場でもあるため、女房から出される「女房奉書」が院や天皇の仰せを伝える公的文書にされるなど、政治的権能も持っていました。
第2章「中世の政治と男女」
第3章は「中世の家と宗教」。武士の家における女性は、婚姻で複数の家を結びつける重要な存在。夫を亡くすと菩提を弔うため出家し、夫に代わって家を代表する事もありました。北条政子は代表的な例です。
災厄が多かった中世において、仏教は強い影響力を持っていました。ただ仏教では、女性は罪を背負った『女人罪業観』という考えがありました。
出産や月経による血のため、女性だけが血盆池(血の池)地獄に落ちるなど、理不尽な差別思想も。一方で、仏教が女性の救済願望を叶える事にも繋がっていきます。
第3章「中世の家と宗教」
第4章は「仕事とくらしのジェンダー ―中世から近世へ―」。中世の絵画に働く女性が描かれていても、それが女性だけの仕事とは限りません。
着飾った女性たちが田植えをする姿は「早乙女」として描かれましたが、実際の農耕には男女がともに関わっています。
中世末期から近世にかけて、男性家長の「家」を前提に身分編成が行われると、女性の活動は見えにくくなります。
近世に「女職人」として、女性だけを取りあげて描く絵画が登場したのは、「女性の職業者は特殊」とみなす意識の表れともいえます。
そして、働く女性は仕事と別の側面で評価される事になり、女性を性的にとらえるまなざしも見られるようになります。
第4章「仕事とくらしのジェンダー ―中世から近世へ―」
第5章は「分離から排除へ ―近世・近代の政治空間とジェンダーの変容―」。幕藩体制は将軍も藩主も男性。男性は表殿舎、女性は奥殿舎と、居室も物理的に分けられました。
ただ、奥の女性が閉じ込められた存在というのは間違い。仙台藩伊達家の観心院(7代藩主重村の後家)は、藩主同然の働きをするなど、大名の正妻は政治的に重要な役割を担う事がありました。
大きく潮流が変わったのが、明治維新です。女官たちに囲まれ、奥で化粧をして暮らしていた天皇は、国民を鼓舞する男性的な君主に。
また皇室制度の整備では、女帝を容認する案に法制官僚の井上毅が強く反対。男系による皇位継承が定められました。
第5章「分離から排除へ ―近世・近代の政治空間とジェンダーの変容―」
第6章は「性の売買と社会」。展覧会全体でも大きなテーマのひとつです。
日本で職業としての売春が発生したのは、9世紀後半頃。専門歌人と貴族男性の性交渉は以前からありましたが、一夫一婦の結びつきが強化された事で、意味が変わっていきます。
中世の遊女は、現在の倫理観とは大きく異なります。数十人から数百人規模で集団を形成、仏像の胎内納入品にもその名が見られるなど、社会の一員として主体的に生きていました。
15世紀後半になると、遊女集団ではない外部の女性が人身売買で遊女にされる、近世遊郭が成立。その関係は奴隷的になります。
江戸は参勤交代の武士や大店(おおだな)の手代などで独身男性が非常に多く、男女の人口比は2対1。性的欲望を管理するため、性売買が容認されたのです。
開国後、1872年(明治5)に芸娼妓解放令が発布されますが、従属関係は変わらないまま、遊女たちは「自由意志」で性を売る存在。むしろ淫乱な女という蔑視のまなざしが増える事となります。
第6章「性の売買と社会」
第7章は「仕事とくらしのジェンダー ―近代から現代へ―」。明治の近代化で、政治参加が男性有産者に限定された「衆議院議員選挙法」など、政治空間から女性が排除されます。
労働力としての女性は、農村出身の若年未婚女性が繊維産業の工場で寝泊まりして働く「女工」は有名です。
「母性保護」の観点から、月経時の女性の労働に対して問題意識が高まる一方で、工場側は月経時の女性も働けるよう「月経帯」を大量発注。女性にとっては格安で月経帯を入手できる機会にもなりました。
戦後は労働省に婦人少年局が新設され、米国人女性でGHQ/SCAP 経済科学局のミード・スミス・カラスはその業務を推進。ポスターや壁新聞などで、働く女性の地位向上を訴え、労働環境改善に尽力しました。
第7章「仕事とくらしのジェンダー ―近代から現代へ―」
#MeToo よりずっと昔から、日本でも女性の地位向上が問われていましたが、今の都道府県の女性知事は東京と山形のみ。あまりにも、という現状です。
豊富な資料を用意して、日本におけるジェンダー区分を多方面から考察。歴史的な事象をきちっと抑えておく事は、議論のベースとしても必要でしょう。まさに歴博ここにあり、といえる展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2020年10月7日 ]