戦争、天災、疫病など厄災が頻繁していた平安時代末期。法然(1133-1212)は「専修念仏」、つまり南無阿弥陀仏をとなえることで、誰もが等しく極楽往生を遂げると説く浄土宗を開き、多くの人々に支持されました。
今年は浄土宗の開宗からちょうど850年。大きな節目を契機に浄土宗各派が協力し、伝来の至宝を集めた大規模な展覧会が、東京国立博物館から始まりました。
東京国立博物館 平成館「法然と極楽浄土」
法然は、現在の岡山県久米郡久米南町生まれ。比叡山で天台僧としての修行を積みますが、43歳だった承安5年(1175)、唐の善導の著作により、専修念仏の道を選びました。
《選択本願念仏集(廬山寺本)》は、念仏こそが末法の世にふさわしい行であると体系的に説明されている文献。冒頭は、法然の自筆とされています。
重要文化財《選択本願念仏集(廬山寺本)》鎌倉時代(12~13世紀)京都・廬山寺[展示期間:4/16~5/12]
本展の目玉と言える国宝《法然上人絵伝》は、会場前半にさっそく登場します。
法然の生涯を絵画化した作品はいくつかありますが、こちらは全48巻にも及ぶ大作。法然の生涯だけでなく、浄土宗に帰依した公家・武家や弟子たちの事績も収められています。
国宝《法然上人絵伝》鎌倉時代(14世紀)京都・知恩院[展示期間:4/16~5/12 ※会期中場面替え]
法然は専修念仏を重んじたため、阿弥陀の造像を重視しない立場ですが、それらを必要とする人々は認めていました。
国宝《阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)》は、本展で修理後初公開。肌裏紙(はだうらがみ:本紙の裏に直接貼る補強紙)の交換により、図像が鮮明になりました。
山水景観が描かれるなど他の来迎図とは異なる構図もあって、三次元的な表現が生まれています。
国宝《阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)》鎌倉時代(14世紀)京都・知恩院[展示期間:4/16~5/12]
金色に輝く《菩薩面》は、當麻寺の来迎会で2004年まで使用されていたものです。
来迎会は、阿弥陀如来と菩薩が浄土から来迎するさまを演じる儀式。面のひとつには建保3年(1215)の銘があり、修理と新造を繰り返しながら継承されてきました。
《菩薩面》(左手前3点)鎌倉時代(13世紀)/(右奥1点)室町時代(16世紀)奈良・當麻寺[全期間展示]
既存の仏教界から疎まれた法然は、75歳で讃岐国(香川県)へ配流。帰京後に80歳で往生を遂げると、弟子たちは各地で精力的に活動します。
証空を祖とする西山派は、浄土経典『観無量寿経』を図示した當麻曼陀羅を流布。蓮糸で織られたという伝説をもつ国宝《綴織當麻曼陀羅》は、縦横4メートルの大曼陀羅で、奈良県外では初公開です。
国宝《綴織當麻曼陀羅》中国・唐または奈良時代(8世紀)奈良・當麻寺[展示期間:4/16~5/6]
その「綴織當麻曼陀羅」の成立に関わる説話を描いた絵巻が、国宝《当麻曼荼羅縁起絵巻》です。料紙を縦に用いているので、一般的な絵巻より幅がずっと大きい、異例の大画面が特徴的です。
浄土信仰に篤い姫が、化尼(けに:阿弥陀の化身)に従って蓮糸を準備し、観音の化身である女が曼陀羅を織り上げました。
国宝《当麻曼荼羅縁起絵巻》鎌倉時代(13世紀)神奈川・光明寺[全期間展示 ※会期中巻替え]
浄土宗中興の祖、聖冏が関東浄土宗の礎を築き、その弟子の聖聡が増上寺を開創。徳川家康が増上寺を江戸の菩提所に定めたことで、江戸における浄土宗の地位は確固たるものになりました。
漢訳された仏典を総集した大蔵経は個別でも貴重ですが、増上寺にはなんと3部もあります。いずれも家康が寺に寄進したもので、とても珍しい事例といえます。
重要文化財《大倉経(宗版)》中国・北宋〜南宗時代(12世紀刊)東京・増上寺[全期間展示:会期中展示替え]
徳川家にとって、江戸の菩提寺が増上寺なら、京都の菩提寺は知恩院。ユニークなポーズの《八天像》は、その知恩院の所蔵です。
八角輪蔵(はっかくりんぞう:八角形の回転式の書庫)の下層部に配され、回転方向に向かって躍動感あふれる姿勢をとっています。
《八天像》帝积天像、持国天像、金剛力士像(阿形)、密迹力士像(吽形)康如・又兵衛等作 江戸時代 元和7年(1621)京都・知恩院[全期間展示]
会場最後は、圧巻の涅槃群像。香川・法然寺の三仏堂(涅槃堂)にある、壮大なスケールで立体化された釈迦の涅槃像と、それを取り囲んで嘆く羅漢、天龍八部衆、動物たちです。
横たわる釈迦は体長282cm。取り囲む羅漢などは等身大で、このような大型の涅槃群像は、他に例がありません。
展示されている群像は、全体の約三分の一ほど。このコーナーは撮影も可能です。
《仏涅槃群像》江戸時代(17世紀)香川・法然寺[全期間展示]
展覧会は東京展の後、京都国立博物館(10/8〜12/1)、九州国立博物館(2025年 10/7〜11/30)に巡回します。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2024年4月15日 ]