平安時代に遣唐使の一員として唐にわたり、密教を日本に伝えた弘法大師・空海(774~835)。衆生救済を願った空海が、人々を救うためにたどり着いたのが密教でした。
空海の生誕1250年を記念し、その後の日本文化にも大きな影響を与えた密教のルーツを辿る展覧会が、奈良国立博物館で開催中です。
奈良国立博物館 特別展「空海 KŪKAI-密教のルーツとマンダラ世界」会場入口
展覧会は密教の尊像がぐるりと囲む、ダイナミックな空間からスタート。「密教は奥深く難しいので、図や絵で悟らない者に開き示す必要がある」と、述べていた空海。マンダラ世界を、立体で体感するこころみです。
密教における5つの知恵を、大日如来、薬師如来、宝生如来、阿弥陀如来、釈迦如来と5体の如来にあてはめたのが五智如来。京都・安祥寺の国宝《五智如来坐像》は、5軀が揃って伝わる最古の五智如来像です。
国宝《五智如来坐像》平安時代(9世紀)京都・安祥寺[全期間展示]
仏教発祥の地・インドで誕生した密教。海と陸のシルクロードを経てインドから中国・唐、そして日本へと伝わってきました。
現在は世界最多のイスラム教徒がいる国・インドネシアにも密教がもたらされていたことは、あまり知られていないかもしれません。展覧会には、インドネシア国立中央博物館からも、数々の仏像や仏具が出展されています。
《金剛界曼荼羅彫像群》インドネシア 東部ジャワ期(10世紀)インドネシア国立中央博物館[全期間展示]
空海は延暦23年(804)、遣唐使の一員として入唐。空海の師である恵果阿闍梨は、唐にもたらされていた二つの密教(胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅)を「両部」として一対のものに体系化した人物です。
空海が惠果から受け継いだとされるのが、金剛峯寺の国宝《諸尊仏龕》です。折りたたむとストゥーパ(仏塔)形になる、三面開きの仏龕で、空海が身辺に置いていたため「枕本尊」と称されています。
国宝《諸尊仏龕》中国・唐(7~8世紀)和歌山・金剛峯寺[全期間展示]
東寺の国宝《金銅密教法具》は、中国密教の大成者である不空から恵果、空海へと伝えられ、空海が唐から持ち帰ったと考えられる法具。
真言宗最大の法会、後七日御修法に用いるもので、『弘法大師請来目録』にもその存在が記される真言密教の至宝です。
国宝《金銅密教法具》中国・唐(9世紀)京都・教王護国寺(東寺)[全期間展示]
帰国した空海は、神護寺を拠点に密教の流布を行い、多くの僧侶たちが密教を学んでいきます。
展覧会の目玉といえるのが、神護寺の国宝《高雄曼荼羅》。空海の在世時に制作された現存唯一の両界曼荼羅で、空海が自ら制作を指揮したといわれています。
高雄山神護寺に伝わったことから高雄曼荼羅と呼ばれ、2022年に修理が完了。金銀泥で描かれている諸尊の輝きがよみがえりました。本展で修理後初公開となります。
国宝《両界曼荼羅(高雄曼荼羅)のうち胎蔵界》平安時代(9世紀)京都・神護寺[展示期間:4/13~5/12、5/14~6/9 は金剛界を展示]
国宝《金剛般若経開題残巻》は、三筆のひとりに数えられる空海が軽妙な草書で執筆した自筆本。あらゆる執着を断つ知恵を解く説法『金剛般若経』の題名を解説し、密教の立場からその奥旨を示したものです。
行間には書き込みなど訂正のあとがみられ、空海の執筆活動の息づかいも感じられます。
国宝《金剛般若経開題残巻》平安時代(9世紀)奈良国立博物館[展示期間:4/13~5/12]
東寺の国宝《両界曼荼羅》は、彩色の両界曼荼羅として現存最古。宮中真言院の御七日御修法所用として伝わり、長く空海の御影堂である東寺西院に置かれていました。
鮮やかな色彩とエキゾチックな諸尊の姿が印象的です。
国宝《両界曼荼羅(西院曼荼羅〈伝真言院曼荼羅〉)》(左から)金剛界 / 胎蔵界 平安時代 9世紀 京都・教王護国寺(東寺)[展示期間:4/13~5/12]
空海がもたらした体系的な密教と護国修法などは天皇や朝廷に高く評価され、空海は仏教界において重要な役割を担うようになります。
その一方で自然の中で心静かに修行するため、金剛峯寺を建立。その金剛峯寺に伝わる重要文化財《孔雀明王坐像》は、快慶による作です。
重要文化財《孔雀明王坐像》鎌倉時代 正治2年(1200)頃 和歌山・金剛峯寺
和歌山・龍光院の国宝《伝船中湧現観音像》は、空海が唐から帰る際に、荒れた海を鎮めるために出現した観音の姿と伝わる作品。
ただ、その珍しい姿は、密教の秘法で行者を守護する別の尊格のもので、空海信仰の高まりを受けて、絵画が空海伝と結びつけられたものです。
国宝《伝船中湧現観音像》平安時代(12世紀)和歌山・龍光院[展示期間:4/13~5/12]
国宝28件・重要文化財59件という豪華な展覧会。国内外からゆかりの至宝を一堂に集め、空海密教の実像に迫る充実の内容です。
展覧会の巡回はなく、奈良国立博物館だけでの開催となります。お見逃しなく。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2024年4月12日 ]