テキスタイルデザイナー須藤玲子と、須藤が率いるテキスタイルデザイン・スタジオ「NUNO」。日本の伝統的な染織技術と現代の先端技術を組み合わせた活動は高く評価され、須藤はつい先日、令和5年度 芸術選奨(美術部門)文部科学大臣賞も受賞しました。
日本各地の職人、工場との協働作業や、素材の可能性を広げる、NUNOの取り組みを、美しいマルチメディア・インスタレーションなどを用いて紹介する展覧会が、水戸芸術館で開催中です。
水戸芸術館「須藤玲子:NUNOの布づくり」会場入口
展覧会のスタートは、円弧状に吊るされたさまざまな種類の布から。全国26の織物・染物産地との協働で制作した444種類のNUNOの布をつなぎ合わせた幔幕(まんまく)です。
幕は英語ではカーテンですが、日本では仕切りや目隠し以上の意味も持っています。例えば「幕府」は、戦場で将軍の陣営に幕を張ったことから、将軍の執務場所がその名で呼ばれるようになりました。
(奥)「幕 幔幕」
続いて、長い通路状の展示室。右手にあるのは、厚紙に穴を開けた紋紙です。
紋紙は、プログラムで織物をつくるジャカード織機において、経糸の動きを制御するもの。2進法のため、現在のコンピュータの原型ともいえます。
左手の壁にある布は、見るだけでなく触ることも可能です。
(右)「紋紙」
通路を進んだ先から、注目の展示が始まります。
布がつくられていくさまを、布の上に投影した映像でみせていく、マルチメディア・インスタレーション。とても印象的な展示手法です。
水戸芸術館「須藤玲子:NUNOの布づくり」展示風景
折り紙は、一枚の平面に山と谷をつけて立体をつくる日本の遊びです。折り紙の形状を布地に写し取るため、NUNOは学生服のプリーツスカートをヒントにしながら、試行錯誤の末に技法を開発。さらに、温度で変化する糸を用いて、布を山と谷に折り上げる織物も進めています。
ピンタック織り「折り紙織」
厚みがある手梳き和紙の不揃いのエッジに魅せられ、それらをスライスしたような布をつくりたい、という思いから生まれたのが、ケミカルレース「紙巻き」です。
基布を水で流してつくる刺繍レースの技法を活用。ポリビニルアルコールを原料とした水溶性布を基布として、リボンテープをステッチし、水で基布を溶かしてレース状の「紙巻き」布をつくります。
ケミカルレース「紙巻き」
楮(こうぞ)、ミツマタ、ガンピなどを用いて薄く漉くことができる日本の和紙に対し、樹皮をたたいて作り、格子状のパターンを持つ中央メキシコの紙「アマテ」。対照的な紙の特徴を一枚の布でデザインしたのが「アマテ」です。
材料は日本の楮を原料とした手漉き和紙で、パターンはアマテの穴あき模様。艶やかなベルベットを基布に、箔加工で使用するバインダーを活用して和紙を接着しています。
和紙プリント「アマテ」
ニードルパンチは、背広の芯やテーブルの下敷きのフェルトなど、重ねた繊維を針で刺し絡み合わせることで布地を作る技法です。
「糸乱れ筋」は、太くふわふわした羊毛の糸を使用。ニードルパンチ・テーブルの上に手作業で並べ、ササクレた針を数万本設置したプレートを上下運動させて作っていきます。
ニードルパンチ「糸乱れ筋」
数々のマルチメディア・インスタレーションの中で、最も目を引くのがこちらです。
さまざまな色の糸が巻かれた無数のボビンから糸が紡がれて、奥で1枚の布として結実。展示室の天井が高いこともあり、厳かな神秘性をも感じさせます。
ジャカード織物「カラープレート」
染織産地として1,300年以上の歴史を有する群馬県桐生市には日本国内外の繊維産業を牽引する技術が残っており、NUNOも桐生の会社との協業により数々の布を生み出しています。
今回は、礼装用の織物を織っていた会社とコラボ。あらゆる模様を織り上げることができるジャカード織機を用いて、縮緬のような伸縮性のある布地を実現しました。
ジャカード織物「カラープレート」
ジャカード織物「カラープレート」
最後の展示室は、NUNOのテキスタイルを使ったこいのぼりです。
こいのぼりの展示は、2008年に米国ワシントンD.C.で行われた「Japan! Culture + Hyperculture」でフランス人展示デザイナー、アドリアン・ガルデールとの協働制作によりスタート。パリのギメ東洋美術館(2014年)、国立新美術館(2018年)、大分県立美術館(2018年)、香港のCHAT(2019年)、岐阜県美術館(2022年)と、各地を泳いできました。
水戸芸術館でのこいのぼりの先頭は、江戸時代からの染色技法「水戸黒」で染め上げられています。
「続・こいのぼりなう!」
今回の展覧会には、水戸市のシンボルといえる水戸芸術館のタワーをモチーフにした新作テキスタイルも登場しました。
布幅いっぱいに自由なデザインができる技術を持つ埼玉県飯能市の老舗織物工場と協業し、ギャラリーやホールに向かう主要動線の天蓋として展示されています。
「タワー」
展覧会の内容と会場特性のマッチングはとても重要な要素ですが、まさにその好例といえる本展。いわゆる「テキスタイルの展覧会」というイメージを大きく凌駕しており、ここまでの表現ができる事には、正直、驚かされました。
2019年に香港のCHATで企画・開催され、その後ヨーロッパ各地を巡回した本展。日本国内では丸亀市猪熊弦一郎現代美術館に次いで、須藤の出身地でもある茨城県の開催です。写真撮影も可能です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2024年3月6日 ]