根津美術館のコレクションの礎を築いた、初代根津嘉一郎(1860~1940)。若い頃から古美術品に関心を寄せ、事業家として成功を収めると、多くの美術品を収集。絵画、彫刻、陶磁などさまざまな品を求めましたが、その意欲は染織品にも向けられました。
染織品の加飾技法の中でも、日本では古くから格式が高いものとされてきた織と繡(刺繡)の作品に焦点を当てた展覧会が、根津美術館で開催中です。
根津美術館「繡と織 ― 華麗なる日本染織の世界 ―」
展覧会は4つのエリアに分かれており、最初は「上代染織」です。上代裂(じょうだいぎれ)とは、飛鳥時代(592~710)から奈良時代(710~794)の染織品のことです。
《上代裂 緑地草花文刺繍》の宝相華や葉は「刺し繍(さしぬい)」で表現されています。輪郭をぼかす繧繝(うんげん)配色は、奈良時代の刺繍の特徴です。
《上代裂 緑地草花文刺繍》奈良時代 8世紀
《残霞帖(上代裂手鑑)》は、53点の小片を収めた古裂帖で、帖の末尾には大正元年(1912)の紀年銘と「理堂」の墨書が見られます。「理堂(道)」は、奈良および京都帝室博物館館長、東京美術学校校長を務めた久保田鼎(1855-1940)の号です。
《残霞帖(上代裂手鑑)》飛鳥~奈良時代 7~8世紀
続いて、袈裟や打敷などの「仏教染織」。《九条袈裟 紅地花唐草模様黄緞》は、三種類の紅地の黄緞で仕立てた九条袈裟。黄緞は絹糸と綿糸を用いた交織のことで、本作では三種類とも、経糸に細い絹糸、緯糸は太い木綿糸が使われています。
日本に残る黄緞の多くは中国から輸入されたものです。この袈裟も、舶載の織物をふんだんに用いた貴重な一領、本展で初公開となります。
《九条袈裟 紅地花唐草模様黄緞》桃山時代 17世紀
次は「能装束」です。初代嘉一郎は、小袖や袈裟とともに能装束も継続して蒐集しました。
《唐織 紅地青海波に松帆浜辺模様》は、紅地に松帆と苫屋が表現された唐織です。唐織は、横糸に色糸を用い、さまざまな模様を縫取織であらわした織物のことで、刺繍のように立体感のある模様が特徴です。
《唐織 紅地青海波に松帆浜辺模様》江戸時代 19世紀
《舞衣 薄紫地葡萄栗鼠模様》は、葡萄棚に遊ぶ愛らしい栗鼠(リス)が目を引くデザイン。舞衣は、舞を舞う女役が用いる能特有の装束です。
豊穣や繁栄を意味する葡萄と栗鼠の組み合わせはとても人気があり、インド更紗にも見られます。
《舞衣 薄紫地葡萄栗鼠模様》江戸時代 19世紀
最後は「小袖」。現在の着物の原形である小袖。平安時代には大袖と呼ばれる装束の下着でしたが、動きやすさから武士の時代になると広まりました。
《紫絽地御簾に猫草花模様》は、糊防染(のりぼうせん)の技法で模様を白く残したうえに、刺繍で彩りを加えています。腰より上は『源氏物語』第13帖「明石」が、下には同作第 34帖「若菜上」を暗示させるデザインで、このように物語の一場面を暗示する形式は、近代になって「御所解模様」と呼ばれるようになりました。
《紫絽地御簾に猫草花模様》江戸時代 19世紀
鳳凰と桐というほぼ同じ模様で、地の色が紅・白・黒と三領一式で伝わった小袖は、裕福町人の婚礼衣装と考えられます。
白・赤・黒は武家の婚礼衣装で重んじられた色の組み合わせで、このスタイルは富裕な町人の間で模倣されるようになりました。
(左から)《振袖 黒綸子地桐鳳凰模様》 / 《振袖 白綸子地桐鳳凰模様》 / 《振袖 紅綸子地桐鳳凰模様》(3領とも)江戸~明治時代 19世紀
年末年始に相応しく、華やかかつ厳かな染織品の数々。ちょうど三井記念美術館でも能装束が展示されています(「国宝 雪松図と能面×能の意匠」、1/27まで)。あわせてお楽しみいただければと思います。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年12月15日 ]