池波正太郎は「男の武器」といい、開高健は「手の指の一本になってしまっている」という万年筆。キーボード派が主流になった現在でも、万年筆での執筆にこだわる作家は少なくありません。
会場は、故人の作家を紹介する「名作を生んだ万年筆たち」と、現在活躍中の作家を紹介する「手書きの魔力」の二部構成。夏目漱石から角田光代まで、愛用の一品が並びます。
会場メーカーを確認すると、やはり多いのはモンブラン。大佛次郎、井上靖から北方謙三、浅田次郎まで、幅広い世代の作家に使われています。
ペン先を細かくチェックすると、万年筆をかなり立てて書いていたことがわかる井伏鱒二のペン、細めの線が引けるように調整された早乙女貢のペンなど、作家によって様々。
なかでも井上靖の万年筆は、インク窓部に絆創膏が貼られていて、キャップも閉まらないという珍しい仕様。滑り止めだったのでしょうか。
万年筆逸話がある万年筆も少なくありません。柴田錬三郎が愛用していた万年筆を入手し、それで書いた作品が柴田錬三郎賞を受賞した北方謙三。日本ペンクラブ会長就任のお祝いで贈られた万年筆は、井上ひさし。作家仲間の碁敵との対局で得た“戦利金”で買った万年筆は、中野孝次です。
会場にはそれぞれの作家の自筆原稿もあり、作品イメージのピッタリの文字の人もいれば、意外な書体の方も。文豪の息遣いが聞こえてくるような、楽しい企画展です。
直筆原稿
港の見える丘公園に1984年に開館した神奈川近代文学館。展示館では神奈川にゆかりがある文学者や作品を集めた常設展も開催。本館には閲覧室もあり、開架書架では文学全集なども備え、図書、雑誌を閲覧することができます(館外への貸出は行っていません)。
文学館のすぐ隣は、大佛次郎記念館。同じく港の見える丘公園にある横浜市イギリス館、山手111番館の二つの洋館は見学無料です。時間に余裕をもってお出かけください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2012年2月1日 ]