18世紀、英国人貴族など外国人旅行者の間で旅の記念品として人気を博した、透視図法を用いて都市の景観を精密に描く景観画「ヴェドゥータ」。
ヴェドゥータを確立した画家、カナレット(本名 ジョヴァンニ・アントニオ・カナル、1697-1768)の全貌を紹介する日本で初めての展覧会が、SOMPO美術館ではじまりました。
SOMPO美術館「カナレットとヴェネツィアの輝き」会場入口
会場は、5階のフロアから4階、3階と5つの章で構成されています。第1章は「カナレット以前のヴェネツィア」。15世紀初頭、線遠近法の成立によって、都市空間や街並みが正確に再現されるようになります。
ヤーコポ・デ・バルバリによる《ヴェネツィア鳥瞰図》には、リアルト橋やサンマルコ広場、造船所などが詳細に描き込まれています。上空から捉えた景観は、多くのスケッチをもとにひとつの画面にまとめ上げたと考えられ、ヴェネツィアの都市イメージを決定づける記念碑的な作品でもあります。
(左から)フランチェスコ・グアルディに帰属《ヴェネツィア鳥瞰図》1775年 英国政府コレクション / ヤーコポ・デ・バルバリ《ヴェネツィア鳥瞰図(初版の複製)》1962年 新潟県立近代美術館・万代島美術館
カナレットによるヴェドゥータが並ぶのは第2章から。ヴェネツィア生まれのカナレットは、舞台美術家だった父の仕事に同行して赴いたローマで、ヴェドゥータの祖として知られるオランダ人画家のガスパーレ・ヴァンヴィテッリと出会ったとされています。
1720年にはヴェドゥータを描いていたカナレット。澄んだ空や定型的な水の波紋、定規やコンパスを用いて堅固な建物を描き出します。見たままを再現するのではなく、複数の視点から見た景観を再構成しながら、様々な仕草をした人物を巧みに表現しています。
カナレット《カナル・グランデのレガッタ》 1730-1739年 ボウズ美術館、ダラム
18世紀には、上流階級の子弟が教育の仕上げとして数カ月から数年かけて文化の中心地を巡る周遊旅行「グランド・ツアー」が流行しました。
旅行先として人気を集めていたのが、ローマやヴェネツィア、フェレンツェなどの文化の先進地です。ボート競漕「レガッタ」を描いた作品では、イギリス貴族の子弟達が特等席で眺めを楽しんでいる様子が伝わってきます。
カナレット《カナル・グランデのレガッタ》部分 1730-1739年 ボウズ美術館、ダラム
ヴェネツィア中心部のサン・マルコ広場を描いた作品では、広々とした眺めを表現するため、実際には有り得ない構図でサン・マルコ大聖堂や元首公邸、図書館や鐘楼などが画面に詰め込まれています。
建物のプロポーションや細部を素描などで記録した後、それらの材料を自在に操って描かれたもので、この手法は今日でもマンションの完成予定図などにみられます。
(左から)カナレット《サン・マルコ広場》1732-33年頃 東京富士美術館 / カナレット《サン・ヴィオ広場から見たカナル・グランデ》1730年以降 スコットランド国立美術館
数多く開催されるヴェネツィアでの祝祭の中でも重要だったのは、毎年5、6月頃に行われるキリスト昇天祭です。水上パレードを伴うこの祝祭は人気の画題でもあり、カナレットもさまざまな角度から何度も描いています。
カナレット《昇天祭、モーロ河岸に戻るブチントーロ》1738-1742年頃 レスター伯爵およびホウカム・エステート管理委員会、ノーフォーク
1746年5月から1755年にかけてロンドンに滞在していたカナレット。1750年に完成したばかりのウェストミンスター橋の作品では、川面に沢山の舟を追加し、青い大型の平底舟に乗った新市長が就任の宣誓をしたフィクションの場面を描いています。
(左から)カナレット《ロンドン、テムズ川、サマセット・ハウスのテラスからロンドンのザ・シティを遠望する》1750年頃 / カナレット《ロンドン、北側からウェストミンスター橋を望む、金細工師組合マスターの行進》1750年頃 ともに個人蔵
カナレットは、工房で数多の素描習作に基づいた構図を確定することで、現実にはない複数の視点で捉えたパノラマを描き出していました。4階の第3章では、版画や素描を通してカナレットの創造の過程を辿ってきます。
サン・マルコ大聖堂の内部を描いた素描には、製作のためのメモや、定規で何度も線を引いてできた透視図法の消失点などが残っています。
(左から)カナレット《サン・マルコ広場でのコメディア・デラルテの上演》1755-1757年? ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、ロンドン / カナレット《サン・マルコ大聖堂の内部》1766年頃 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、ロンドン
第4章では、カナレットの影響を受けた同時代のヴェネツィアの画家や英国の後継者たちの作品を紹介。
ウィリアム・ジェイムズやウィリアム・マーローらは、カナレットとほぼ同じ構図を取りながらも、独自のアプローチで、ヴェドゥータや架空の景観画「カプリッチョ(綺想画)」を制作していきました。
(左から)ウィリアム・ジェイムズ《スキアヴォーニ河岸、ヴェネツィア》 東京富士美術館 / ウィリアム・マーロー《カプリッチョ:セント・ポール大聖堂とヴェネツィアの運河》1795年頃? テート
カナレットによるヴェドゥータは、グランド・ツアー客の旅行体験を視覚化し、その記憶を共有するための媒介となっていましたが、19世紀になると旅をした画家自身の個人的な視覚体験が前面に打ち出されるようになります。第5章「カナレットの遺産」では、カナレット以後の英仏の画家たちに焦点を当てていきます。
会場の最後には、印象派の先駆者であるブーダン、印象派の巨匠モネ、新印象派を代表するシニャックと、19世紀フランスを代表する3名の画家による作品が飾られています。
第5章「カナレットの遺産」
カナレットの作品がこれだけ多く集結した貴重な展覧会。緻密で壮麗な描写を会場内で味わってみてはいかがでしょうか。会場では一部の作品を除いて撮影も可能です。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 / 2024年10月11日 ]