埼玉県立近代美術館で、所蔵するコレクション等と、現在活躍中の6名の作家の作品を組み合わせた紹介する展覧会が開催中です
作家の年代は30歳代から80歳代までと幅広く、ジャンルも絵画、写真、ドローイングなどさまざま。作家の個性がコレクションに出会うことで、新たな見え方を模索していきます。
埼玉県立近代美術館「桃源郷通行許可証」
会場はタイトルにちなんで「桃源郷」を画題にした作品から始まります。
桃源郷は中国の詩人、陶淵明が記した物語に登場する理想郷。憧れの場所として、多くの文学や美術のイメージの源泉になってきました。
Prologue
続くエリアから6人の作家が登場、まずは「佐野陽一 × 斎藤豊作」です。
佐野陽一(1970-)は、ピンホール・カメラの原理を用いて、おぼろげな写真作品を撮影しています。あわせて紹介されるコレクション作家の斎藤豊作(1880-1951)は、埼玉県越谷市生まれ。東京美術学校卒業後に渡仏し、点描技法で風景画を制作しました。
表現方法は違いますが、ともに移ろう光の印象そのものを捉えようとしています。
佐野陽一 × 斎藤豊作
文谷有佳里(1985-)は、愛知県立芸術大学では作曲を専攻。大学時代に線描をはじめ、細密で複雑な画面へと展開していきました。
コレクション作家の菅木志雄(1944-)は、「もの派」のひとり。1960年代から即物的な素材に、配置や接合などの行為を加えた作品を制作しています。
両者の作品が並ぶ展示室は、公園側に面して波状の曲面ガラスが広がる独特の空間。黒川紀章による建物と、文谷と菅の作品が響き合います。
文谷有佳里 × 菅木志雄
松井智惠(1960-)は、立体やドローイング、映像、絵画など、さまざまなメディアを用いたインスタレーションを制作。
本展では愛媛県松山市の道後温泉で開催された「道後オンセナート2018」に発表されたインスタレーションに、日本画家・橋本関雪(1883-1945)の作品や、自身による新たな作品を加え、展示を再構築しました。
松井智惠 × 橋本関雪
東恩納裕一(1951-)は、身近な日用品や既製品をモチーフに、蛍光灯やLED製のシャンデリアや平面作品、アニメーション等で構成されるインスタレーションを制作してきた美術家です。
ダイニングテーブルには、LEDで作られた果物皿。大きさや外見がばらばらの椅子は、美術館のコレクションです。
さらに、マン・レイや山田正亮の作品も展示され、過去の美術作品と東恩納の作品との接点を探っています。
東恩納裕一 × マン・レイ / キスリング / 山田正亮 / デザイナーズ・チェア
6者の組み合わせの間には、2つの「Interlude」(幕間)のセクションがあり、コレクションを中心とする様々な美術作品を紹介。
最初のInterludeでは、光と時間の相関関係に注目し、丸山直文、ポール・シニャック、モーリス・ドニ、秋岡美帆、中西夏之などの作品が並びます。
Interlude
画家の松本陽子(1936-)は、1980年代半ばよりピンクを基調に空間全体を包み込むような独自の表現を確立。2005年からは緑を主調とする油彩画に取り組んでいます。
ここでは、松本の作品とコレクション作品から、自然の移ろいを想起させる空間を構成。コレクションは瑛九とカミーユ・コローに、前期は丸木位里、後期には菱田春草の作品が登場します。
松本陽子 × 瑛九 / カミーユ・コロー / 菱田春草 / 丸木位里
続くInterludeでは、「夢と現実、すべてが私にとっては夢でもあり現実でもあるのだ」という駒井哲郎の言葉を手がかりに、駒井の版画作品を中心に構成。福岡道雄の彫刻と、難波田龍起の抽象画も並びます。
Interlude
最後は、ペインティングやインスタレーション作品を手がける稲垣美侑(1989-)。2020年頃より「Noisy Garden(うるさい庭)」と名付けた作品群など「庭」のシリーズを展開しています。
館蔵の駒井哲郎コレクションから、稲垣は生命のうごめきを想わせる作品に着目。日常と非日常、現実と非現実とのあわいの領域となるような「庭」の構築を試みています。
稲垣美侑 × 駒井哲郎
展覧会のタイトル「桃源郷通行許可証」は出品作家・松井智惠の作品に由来しています。現実の奥深くに「桃源郷」があるとすれば、芸術作品は桃源郷への扉を開くための「通行許可証」である、という思いから命名されました。
展覧会は前期が12月4日まで、後期が12月6日から。会期途中で展示替えがあります。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫、坂入美彩子 / 2022年10月22日 ]