平安時代末期に活躍し、多くの和歌を後世に残した歌人、西行(1118-1190)。西行の実像は謎に満ちた部分も多く、その存在は「漂泊の歌人」のイメージとともに今日まで伝えられてきました。
西行をテーマに、国宝4件、重要文化財20件を含む名品約100点を一堂に紹介する展覧会が、五島美術館で開催中です。
五島美術館「西行 ― 語り継がれる漂泊の歌詠み」会場入口
まずは、肖像画風に描かれた西行像から。右手には冊子、左手には数珠を持った、僧の姿の西行。細い線を重ねるように、特徴ある長い眉や皺が描かれた優品ですが、筆者はわかっていません。
《西行像》MOA美術館蔵
西行の真筆はほとんど残っていませんが、数少ない作品のひとつが、国宝《一品経和歌懐紙》です。西行が題とともに自詠の和歌を二首、それぞれ三行で書いたものです。
筆致は繊細かつ流麗で、西行の筆跡を知るための基準作品としても、極めて価値が高い作品です。
国宝《一品経和歌懐紙》西行筆 京都国立博物館蔵
こちらは、平安時代中期の歌人・和泉式部の家集《和泉式部統集》の写本の一部。本文は西行の筆跡とされていますが、真筆とは異なります。
西行は恋歌に秀でた和泉式部の和歌を好み、その表現を盛んに歌に取り入れていました。
重要文化財《和泉式部続集》伝 西行筆 国(文化庁保管)[会期中頁替有]
こちらは、かつては渡辺家本と称されていた《西行物語絵巻》。全6巻から成り、絵は俵屋宗達と伝わります。
絵巻の内容と画面構成は、本展でも展示されている毛利家本《西行物語絵巻》と同様で、宗達は同じ絵巻を二品つくったことになりますが、細部は異なる部分も多く、両者の関係はよくわかっていません。
重要文化財《西行物語絵巻》絵 俵屋宗達筆 国〈文化庁保管〉[会期中巻替有]
西行の和歌や逸話が広まるなかで、江戸時代には草双紙(絵を主体とし、その余白に地の文や台詞を配した小冊子)にも、西行が登場します。
『西行物語』を改変した《西行法師一代記》には物語の進行に合わせて西行の和歌が取り上げられていますが、中には現代では西行が詠んだとはみなされていない歌も含みます。
《西行法師一代記》大東急記念文庫蔵
能の演目にもなった西行。こちらの画帖には、西行にちなむ演目「江口」と「西行桜」を含む能絵五十図が貼り込まれています。
西行のイメージが広まるなかで、能の果たした役割の大きさが分かります。
《能絵鑑》国立能楽堂蔵[会期中巻替有]
工芸品もご紹介しましょう。蒔絵の技法は江戸時代に入ると洗練され、多彩な演出が見られるようになります。
《桜西行蒔絵硯箱》は、蓋を裏返して身の右側に置くと意匠が連続し、琵琶湖の東岸より比叡山を望む景観になるもの。西行は比叡山の無動寺大乗院から琵琶湖を眺めて和歌を詠んでいます。
(右手前)《桜西行蒔絵硯箱》東京国立博物館蔵
大きな日本画は、近代日本画の礎を築いた明治時代の日本画家、橋本雅邦による作品です。西行の和歌「心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ」を題材に、紅葉と水辺の光景、飛び立つ鴨などを、西洋画の表現も取り入れて描いています。
(左手前から)《西行法師図》橋本雅邦筆 東京大学 駒場博物館蔵
西行の名は広く知られていますが、23歳で突然出家した理由や、亡くなった場所なども定かではなく、その実像は謎に包まれています。
展覧会は会期中に展示替えが何回かあります。詳しくは公式サイトの出品リストをご確認ください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年10月21日 ]