徳川家康が江戸城を築き、明治維新後も首府として維持された東京。中心地である千代田区には、近世以来の風景を示す多くの文化財が残っています。
文明開化以降の歴史を紐解きながら、風景や名所の移り変わりを紹介する展覧会が、日比谷図書文化館で開催中です。

日比谷図書文化館開館10周年記念特別展「タイムトリップ 江戸から東京へ ~資料で綴る千代田の風景~」会場入口
会場は6章構成で、1章「千代田のまちのなりたち」から。俯瞰図や江戸図で、江戸のまちづくりの変遷が紹介されます。
江戸に幕府が開かれ、城下町として成立した寛永年間(1623~1644)なると、絵画と地図をあわせたような江戸図がつくられるようになりました。江戸後期になると、鳥観図も流行します。

「大江戸鳥観図」文久2(1862)年頃 千代田区蔵
2章は「江戸城から皇居へ」。幕末から明治かけて、何度も火災に見舞われた江戸城。明治21(1888)年には和洋折衷様式の明治宮殿が完成、あわせて二重橋も木製から石橋と鉄橋に架け替えられました。
ただ、その明治宮殿も昭和20(1945)年の東京空襲で全焼しています。

「鳳凰御輦 新皇居御出門之図」明治22(1889)年 日比谷図書文化館特別研究室蔵
3章は「文明開化東京」。ここには360゜パノラマドームが設置され、明治20年代のニコライ堂展望写真と幕末の風景を比較します。
明治5(1872)年には新橋・横浜間の鉄道が開通、明治10(1877)年に銀座煉瓦街が完成した東京。明治20年代には近代的都市設計が計画され、東京の街並みは大きく変容していきます。

360゜パノラマドーム 上が幕末、下が明治20年代 江戸パノラマCG制作:(株)フジテレビジョン[Time Trip]プロジェクト
4章は「名所を巡る旅」。参勤交代により、各地から多くの大名家臣が訪れた多くの大名家臣が訪れた江戸。低地や海辺は掘割が、台地では坂や崖が眺望点として名所になりました。
丸の内や霞が関は有力大名の屋敷地でしたが、大火や兵営移転で閑散とした状態に。後に、丸の内は三菱社に払い下げられて「一丁倫敦」と呼ばれるビジネス街に。大手町や霞が関には省庁が整備され、今の霞ヶ関官庁街の骨格になりました。

(左から)「東京三十六景 九段さか」 / 「東京三十六景 神田明神」 ともに 明治4(1871)年 日比谷図書文化館特別研究室蔵
5章は「千代田区水辺散歩」。徳川家康の入国以来、江戸では入江を埋め立て、河川を付け替えて、水運のための水路を巡らせました。水辺空間は人々が集い情報が行き交う、重要な場所になっていきました。
「新坂江戸方角橋すご六」は、両国橋から日本橋まで、江戸の名橋を示したすごろく。神田橋、呉服橋、水道橋、浅草橋などが描かれています。

「新坂江戸方角橋すご六」日比谷図書文化館特別研究室蔵
最後の6章は「まちの記憶を残す」。近代化以降の東京は、大正12(1923)年の関東大震災、昭和20(1945)年の東京大空襲と、二度も被害を受けますが、その都度復興を果たしてきました。
高層化した現代都市へ変わるなか、まちの記憶を伝える歴史も消失しつつあります。最終章では、建造物の記録化や江戸城門を現代の都市の中でよみがえらせる人々の努力が紹介されています。

6章「まちの記憶を残す」 江戸城新三十六御門(木下栄三画)
貴重な郷土資料で、まちの移り変わりを紹介する展覧会。特に古地図が好きな方は、ゆっくりと楽しめるのではないでしょうか。
11月23日(火)以降は、一部の資料が展示替えされます。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年10月21日 ]