美術において、美しい女性を描く「美人画」は定番のジャンルですが、「美男画」は聞いた事がありません。
ただ、美しい女性に惹かれるように、美しい男性に惹かれるのは自然の摂理。理想的な男性像は、しばしば絵画や彫刻で表現されてきました。
日本における美少年・美青年のイメージを、江戸時代から現代までのさまざまな作品から紹介する展覧会が、埼玉県立近代美術館で開催中です。
埼玉県立近代美術館「美男におわす」会場入口
本展のきっかけは、2014年から2015年にかけて島根県立石見美術館などで開催された「美少女の美術史」展。「今度は美男で」という意見が寄せられ、今回は島根と埼玉で開催される事になりました。
会場は5章構成で、第1章「伝説の美少年」には、神秘的な稚児や童子像、歴史的に美少年と謳われた人々の肖像などが紹介されています。
入口近くの大きな屛風は、朝霞市にアトリエを構える入江明日香の作品です。一見すると日本画のようですが、銅版画をベースにしたミクストメディアです。
入江明日香《L'Alpha et l'Oméga》2019年 丸沼芸術の森
第2章は「愛しい男」。日本の文化史では、成人男性の近くで身の回りの世話をする少年たちの存在は一般的ともいえます。衆道は庶民の間にも浸透し、近世の絵画では若衆の姿もさかんに描かれています。
《楽屋風呂から》は、公演を追えた歌舞伎役者による楽屋のひとこまです。化粧を落としたふたりの間には、色っぽい雰囲気が漂います。
三宅凰白《楽屋風呂から》1915年 京都市立芸術大学芸術資料館
第3章は「魅せる男」。現代でも俳優やアイドルが人気を集めるように、江戸時代の人々は歌舞伎役者たちに心をときめかせました。
歌舞伎の舞台などを描いた風俗画が盛んに描かれると、後に人物だけを抜き出した絵画が生まれます。特定のモデルではなく、理想の美女や美少年を描いた「美人画」に繋がっていきます。
(左から)絵師不詳《大小の舞図》1630~60年頃 千葉市美術館 / 井上東籬《瀬川菊之丞図》18世紀 東京国立博物館[ともに展示期間:9/23~10/10]
第4章は「戦う男」。男性の美といえば、強さは欠かせません。超人的な強さを持つ戦う男を美男として描く事は、江戸時代から現代まで続く“お約束”ともいえます。
大正時代に少年を対象とした雑誌で活躍したのが高畠華宵です。西洋の美意識と浮世絵の要素を融合させ、中性的な魅力を持つ独自の美少年像を生み出しました。
(左から)高畠華宵《主税の奮戦》昭和初期 弥生美術館 / 高畠華宵《杜鵑一声》1926年 弥生美術館[ともに展示期間:9/23~10/10]
そして第5章は、現代のアーティストの作品を紹介する「わたしの『美男』、あなたの『美男』」。漫画やアニメ、ゲームなどに触れながら育った作家たちは、それぞれが理想とする男性像をつくっていきました。
𠮷田芙希子はレリーフを中心に、憧れの美青年の顔を制作する作家。顔だけが彩色もなく浮かび上がることで、まつ毛や唇などパーツの美しさが際立っています。
𠮷田芙希子《風がきこえる》2021年
木村了子は2005年から「イケメン」を描き続けている日本画家。女性目線のエロスを標榜し、大胆な作品も含めて注目を集めています。
右隻に肉食系男子、左隻に草食系男子を描いた《男子楽園図屏風 − EAST & WEST》は、作家を代表する作品です。それぞれが個性的なので、きっとお気に入りの男子が見つかると思います。
木村了子《男子楽園図屏風 − EAST & WEST》2011年 作家蔵
若い男性が骸骨を被るような、ひときわ目を引く木彫は、金巻芳俊の作品《空刻メメント・モリ》。「メメント・モリ」は「死を忘ることなかれ」という西洋の警句です。
若さや美貌は時と共に消え去ってしまう事を暗示していますが、あばら骨の間から見える青年の口元は、とても魅力的です。
金巻芳俊《空刻メメント・モリ》2021年 フマコンテンポラリートーキョー|文京アート
川井徳寛は、西洋絵画やおとぎ話に由来する主題を、独自に再構築した作品で知られる油彩画家です。
《共生関係~自動幸福~》では、ヒーローのような白馬の王子は何もしておらず、実際に悪魔と戦っているのは少女たち。少女はストローで王子の美しさからエネルギーを得ているのです。
川井徳寛《共生関係~自動幸福~》2008年 鎌苅宏司氏蔵
多様な性のあり方について、社会的な関心が高まっている昨今。ジェンダーをテーマにした展覧会も、良く目にするようになりました。
ただ「美人」=「美しい女性」という固定観念は、なかなか強固である事も事実。「美しい男」をめぐる表現の行く末がどうなるのかにも、注目して行きたいと思います。
※会期の途中で一部展示替えがあります。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年9月29日 ]