2020年7月に北海道白老町に開館した、国立アイヌ民族博物館。先住民族であるアイヌの文化の振興、普及、再創造を目的に整備されたミュージアムで、北海道にできた初の国立博物館でもあります。
渋谷区立松濤美術館で開催中の本展は、国立アイヌ民族博物館の開館一周年を記念した企画。独特の美意識によって支えられた、アイヌのハレの着物、ハレの装いを紹介していきます。

渋谷区立松濤美術館「アイヌの装いとハレの日の着物」 展示風景
2019年には「美ら島からの染と織」として沖縄の染織をテーマにした開催した松濤美術館。今回はアイヌ民族の染織品を通して、その豊かな想像力と創造力を感じとってもらいます。
第1章は「アイヌの装い」。伝統的なアイヌの衣服は、獣皮や鳥皮、樹皮、草皮、木綿などでつくられました。
写真の《厚司衣装(アットゥㇱ)》は、樹皮を糸に加工してから、織機で織った反物を着物に仕立て、さらにアイヌ文様を施したもの。経糸に樹皮と白や水色などの木綿糸を使って、縞模様にしています。

《厚司衣装(アットゥㇱ)》日本民藝館
衣服の材料も紹介されています。糸玉はアイヌ語でカタㇰと言われ、展示されているふたつは、シナノキの内皮を用いたものと、オヒョウの樹皮から採取したもの。オヒョウの皮から糸を作るのは、とても時間がかかります。
反物は、平取町在住の貝澤雪子氏が制作したオヒョウの帯です。黄色はマリーゴールド、淡いピンク色はアカネで染められています。

(左上から時計回りで)《糸玉(カタㇰ)》現代作品 公益財団法人アイヌ民族文化財団 / 《糸玉(カタㇰ)》現代作品 公益財団法人アイヌ民族文化財団 / 《反物》現代作品 貝澤雪子作 公益財団法人アイヌ民族文化財団
《脚絆(ホシ)》は、野山で狩猟や採集などを行う際に、すねを保護するための必需品。近年は儀礼でも用いられます。
四角形の布をすねに巻き、上部と中央につけられた紐で固定して装着します。

《脚絆(ホシ)》19世紀 東京国立博物館
こちらはコンチと呼ばれる頭巾。主に防寒具として冬に狩猟や外仕事などを行うときに頭に被ります。
アットゥㇱの布製で、裾の後ろにも布があり、肩や背中まですっぽりと覆えます。

《頭巾(コンチ)》19世紀 東京国立博物館
長方形の布の両端を縫い合わせた輪状の被り物、ヘトムイェㇸ。樺太アイヌが使用するもので、主に女性が用います。
北海道アイヌとは異なる鮮やかな色使いは樺太アイヌの特徴で、周辺に居住する北方諸民族との関わりがみられます。

《鉢巻(ヘトムイェㇸ)》19世紀 東京国立博物館
上のフロアに移り、第2章は「ハレの日の着物」です。
儀礼などで用いる《陣羽織(チンパオリ)》は、清の宮廷で用いられた絹織物「蝦夷錦」で作られています。蝦夷錦は、中国からアムール川、樺太を通る北回りのサンタン交易によってアイヌ社会にもたらされました。
《木綿地切伏刺繡衣装(ルウンペ)》は、地布は紺地に水色と薄茶の縞木綿。水色・白・薄茶色の細いテープ状の布で、直線・曲線の文様があしらわれています。

(左から)《陣羽織(チンパオリ)》19世紀 東京国立博物館 / 《木綿地切伏刺繡衣装(ルウンペ)》日本民藝館
《色裂置紋木絲衣(ルウンペ)》も、多彩なテープ状の布で飾られたデザインが特徴的。肩から裾にかけては、紅葉や桜の花が散らされた型染めの木綿布が入っています。
背の上部にある模様の構成は、年代が確認できる資料の中で最古級のアイヌの衣服2点と類似している事から、今後の研究の上でも、重要な資料のひとつと言えます。

《色裂置紋木絲衣(ルウンペ)》20世紀 早稲田大学會津八一記念博物館
《切伏衣装(ルウンペ)》は、北海道登別市在住の上武やす子氏が制作した現代作品です。
文様のアクセントとして、赤色や柄が入った布を使用。テープ状の布と幅広の布から作る2つの技法を合わせた文様の構成は、白老町周辺の地域で多くみられるスタイルです。

(左から)《木綿地切伏刺繍衣装(ルウンペ)》日本民藝館 / 《切伏衣装(ルウンペ)》現代作品 上武やす子作 公益財団法人アイヌ民族文化財団
テレビCMの「ウポポイ、ウポポイ…」のフレーズが印象に残る、ウポポイ(民族共生象徴空間)。国立アイヌ民族博物館は中心施設のひとつで、他に体験型フィールドミュージアムである国立民族共生公園などがあります。
立地は新千歳空港から車で約40分。コロナ禍が落ち着いたら、ぜひ訪れたいミュージアムのひとつです。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年6月25日 ]