フランス、シャンパーニュ地方にあるランス美術館。同国ではルーヴル美術館に次いでコロー作品を多く所蔵するなど、19世紀の風景画のコレクションには定評があります。
油彩、版画など約80点を通じ、コローやクールベ、バルビゾン派から印象派まで、フランスの近代風景画をたどる展覧会が、SOMPO美術館で開催中です。
会場のSOMPO美術館
展覧会は5章構成で、第1章では風景画の先駆者を紹介します。
絵画のテーマとして、歴史画などより下位とされていた風景画ですが、状況を大きく変えたのがピエール=アンリ・ド・ヴァランシエンヌでした。
著書『芸術家のための実用遠近法入門および画学生とくに風景画をめざす学生のための省察と忠告』(1800年)で、風景画を独立したジャンルとして主張。彼のもとで学んだアシル=エトナ・ミシャロンは、各地を旅して風景画に取り組みました。
カミーユ・コローは、そのミシャロンの弟子。繊細かつ詩情豊かな風景画は、現在も高い人気を誇ります。
(左手前から)ジャン=バティスト・カミーユ・コロー《イタリアのダンス》1865-70年 / ジャン=バティスト・カミーユ・コロー《湖畔の木々の下のふたりの姉妹》1865-70年
第2章はバルビゾン派。鉄道の発達やチューブ入り絵具の発明で戸外での絵画制作が容易になると、画家たちは新しい主題を求めてアトリエから飛び出します。彼らが集ったお気に入りの場所が、パリ南東約60kmのフォンテーヌブローの森に位置する小さな「バルビゾン村」でした。
テオドール・ルソー、シャルル=フランソワ・ドービニー、コンスタン・トロワイヨン、シャルル・ジャックらは戸外で直接自然と向き合い、神話や宗教の主題を排除して、近代風景画を切り拓きました。
(左から)コンスタン・トロワイヨン《ノルマンディー、牛の羊の群れの帰り道》1856年 / シャルル・ジャック《放牧地の羊の群れ》1873年
第3章は版画作品です。銅版画の一種であるエッチングは、比較的容易につくれるのと、画家の線描を活かす事ができるため、19世紀後半には多くの作品がつくられました。
デッサン、版画、写真を融合した新しい技法である「クリシェ・ヴェール」も誕生。ドービニーやヨハン・バルトルト・ヨンキントなど、画家と版画家の枠を超えた芸術家も活躍しました。
またこの時代には、絵画を原画とした複製版画が新聞・雑誌や商品カタログなどに掲載されたり、版画集として刊行される動きも活発に。
この章にはミレーの素描を原画とする《野良仕事》を掲載した「イリュストラシオン」誌なども展示されています。
第3章「画家=版画家の誕生」 会場風景
第4章ではウジェーヌ・ブーダンにフォーカス。ランス美術館が所蔵するブーダンの傑作7点が並びます。
ノルマンディー沿岸の海景を数多く描いたブーダン。空と海辺の大気の表現は他の追随を許さず、カミーユ・コローからは“空の王者”と称されました。
戸外制作の先駆者の一人でもあったブーダンは、クロード・モネに自然に直接学ぶことを教え、彼を戸外制作へと導いたことでも知られています。
(左から)ウジェーヌ・ブーダン《ボルドーの港、シャルトロン埠頭の眺め》1875年 / ウジェーヌ・ブーダン《ベルク、船の帰還》1890年
最後は印象派。印象派の画家たちは、ここまで紹介した先達の画家たちと交流する事により、戸外で制作を進めていきました。
ピエール=オーギュスト・ルノワールは、バルビゾン派の画家たちと同じようにフォンテーヌブローの森で、またブーダンと同じようにノルマンディー沿岸で制作しました。
クロード・モネは、ブーダンやヨンキント、ドービニーに教えられながら修業。カミーユ・ピサロによるパリの都会的な風景も、自然のなかの移り変わりやすい要素の中で描かれています。
(左手前から)アルフレッド・シスレー《カーディフの停泊地》1897年 / ピエール=オーギュスト・ルノワール《ノルマンディーの海景》 / ピエール=オーギュスト・ルノワール《風景》1890年頃
印象派の画家たちは、絵画の革新性が強調されますが、風景画の流れで見て行くと、従来の流れを踏まえた上での創作であった事がよくわかります。
展覧会は北九州から開幕し、5会場目でようやく東京展。西洋画が好きな方にとっては、待ちにまったという心持ちかも知れません。東京展の後は、静岡市美術館に巡回します。
※作品はすべてランス美術館蔵
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年6月24日 ]