東京・八王子の東京富士美術館。16世紀から20世紀の西洋絵画・写真作品を有し、中でも18世紀から20世紀にかけてのフランス絵画には定評があります。
同館のコレクションに登場する人物の装いに着目し、神戸ファッション美術館が所蔵する同時代の服飾作品を併せて展示するユニークな展覧会が開催中です。
会場風景
まずプロローグでは、ドレスの歴史について考察します。戦士時代に獣皮や植物を身に付けた人類は、古代文明が成立すると織物を生み出し、一枚布を肩や腰に巻きつけるようになりました。
中世ヨーロッパではドレスの素材や技術も進化し、16世紀のイタリアでレースが誕生。17世紀にオランダが繁栄すると、富裕層を中心にドレスも豪華さを増していきました。
17世紀から18世紀にかけてはフランス。ルイ王朝のもとで国力が高まると、フランスがドレスの流行の発信源になります。
プロローグ「服飾文化の生成」
現在のファッションとの乖離が大きく、興味深いのが第1章。ここでは貴族たちの装いが紹介されています。
1715年、ルイ15世がわずか5歳で即位すると、先代の抑圧的な雰囲気から解放されたかのように、貴族文化は華やかさを増していきました。
ジョフラン夫人やポンパドゥール夫人らは、煌びやかなドレスでサロンを主宰。続くルイ16世の時代になると、王妃マリー=アントワネットが社交界の中心に。彼女の影響で高く結い上げた髪型が流行し、高さ100センチ以上のものまで生まれました。
女性のドレスはスカートが左右に張り出した「ローブ・ア・ラ・フランセーズ」、男性は細身の上着に膝丈のキュロットの「アビ・ア・ラ・フランセーズ」がヨーロッパを席巻。コルセットのウエストサイズは40センチ後半から50センチ中盤が主流ですから、女性には苛酷な時代です。
絵画の分野では、ルイ14世の時代に創設されたフランス美術アカデミーを中心に、ヴァトーやブーシェらロココ様式の画家が活躍しました。
第1章「18世紀-貴族文化の興隆」
第1章「18世紀-貴族文化の興隆」
1789年にフランス革命が勃発、その後に頭角を現したのがナポレオン・ボナパルトです。1804年には皇帝となり、自ら戴冠しました。
社会にはナポレオンがもたらしたギリシャ・ローマを規範とする帝政(エンパイア)様式が拡大。絵画の世界では明るく放埒なロココ様式からダヴィッドらによる厳格な新古典主義へと移行しました。
ドレスの世界も、簡素なシルエットの「シュミーズ・ドレス」が流行。ただ、薄着はヨーロッパの冬には厳しく、風邪や肺炎で亡くなる女性が急増したとも伝わります。
また、袖やスカートを膨らませた「ロマンティック・スタイル」も見られるようになりました。
第2章「19世紀前半-フランス革命とナポレオンの台頭」
第2章「19世紀前半-フランス革命とナポレオンの台頭」
19世紀後半、ナポレオン3世の統治下でフランスの工業生産は飛躍的に発展。パリは2度の万国博覧会に合わせて大改造計画が行われ、近代都市へと生まれ変わりました。鉄道が開通すると、休日に郊外でレジャーを楽しむなど市民生活も変化。衣料品も大量生産され、デパートも誕生しました。
絵画の分野では旧来のアカデミスム絵画に対し、マネやルノワールなど印象派の画家たちが台頭。ドレスの分野では釣鐘状のスカート「クリノリン・スタイル」が流行、1870年代にはスカートの後部だけを膨らませた「バスル・スタイル」も見られるようになりました。
第3章「19世紀後半-市民生活の発達」
第3章「19世紀後半-市民生活の発達」
20世紀初頭にはアール・ヌーヴォーが流行します。自然の曲線を表現に取り入れたこの様式は、絵画やドレス、家具などさまざまな分野に影響を与えました。
ドレスの分野ではポール・ポワレがコルセットから女性を解放して時代の寵児に。大戦を挟んでガブリエル(ココ)・シャネル、クリスチャン・ディオールなど才能あふれるデザイナーが続き、1911年にはパリ・コレクションもスタート。数々の新作ドレスが世に送り出されていきました。
絵画も抽象絵画などの新しい表現が発生。アンディ・ウォーホルなどのポップ・アートは、ドレスの分野にも影響を与えました。写真もマン・レイらの登場で芸術に昇華。アーヴィング・ペンなどファッション誌の写真家が芸術家として扱われることも増えました。
第4章「20世紀-服飾・絵画芸術の多様化」
第4章「20世紀-服飾・絵画芸術の多様化」
東京富士美術館の作品はこのコーナーでも何度もご紹介していますが、絵画は額の中で完成しているので、それに近い衣装が隣に並ぶと、急にリアリティを帯びて不思議な感覚を覚えます。
多岐にわたる服飾作品・服飾小物を幅広く収集している神戸ファッション美術館だからこそ成し得たコラボ展。巡回はせずに、東京富士美術館だけでの開催です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年2月16日 ]