大正・昭和期の論壇を常に鋭い感性で刺激すると同時に、柔軟な考察と深い思考とで支え続けた哲学者・谷川徹三。早くから積極的な評論活動を展開した氏でしたが、その教養の根底には「ファウスト」(ゲーテ)、「論語」(孔子)、「正法眼蔵」(道元)等の古典があったことは周知の通りです。これらの著作は氏の精神の根幹に真善美の崇高な思想を育み、哲学や文学はもとより宗教、思想など幅広い分野にわたって精緻な考察を生む土壌となりました。また、多岐にわたる芸術家や知識人との交游は氏の知的世界を一層広範なものとし、その眼差しに鋭さと深さを与えました。
しかし氏の鋭敏な眼差しは哲学や文学だけにとどまらず、美術や音楽、骨董や茶道といった芸術の分野にまで幅広く向けられました。古今東西、有形無形の芸術、文化を前にしても氏の眼差しは相対するものの深部にまで浸透し、作品が根底に持つ美しさや芸術家の精神世界を見事に紐解いてみせました。
また『美』を知識と教養のみで量るに止まらず、強く関心を寄せた作品を身近に置き、深い愛情をもって接していたことは氏が芸術、あるいは『美』そのものの真の擁護者であったことの証でもあります。絵画、書、茶碗、壺、皿など氏が深愛し、日頃手許においていた作品には真実の美が宿ると同時に、美を理解し愛した谷川氏の心も同時に存在しているともいえます。
本展は氏の著作『愛ある眼』の出版を記念し、氏の濁りない瞳がとらえ、蒐集し、愛蔵した作品の数々に加え、「形は心をあらわす」 「愛は生かす力を持つ」と語った氏の愛情に溢れたひたむきな眼差しと、形の内に秘められた心のかたちをご紹介致します。また、氏が好んだ作家や作品を介して広範に及ぶ交游も併せてご紹介致します。