天保の改革から黒船来航、倒幕運動、そして明治維新と、社会が激変した幕末明治期。混沌とした世相を物語るように、美術においても劇的で力強い描写、迫真的な表現、そして怪奇的な画風などが生まれました。
狩野一信、谷文晁、安田雷洲、歌川国芳、菊池容斎、月岡芳年、河鍋暁斎、小林清親など激動の時代に活躍した絵師・画家の作品を紹介し、その創造性の魅力に迫る展覧会が、サントリー美術館で開催中です。
サントリー美術館「激動の時代 幕末明治の絵師たち」会場
展覧会の第1章は「幕末の江戸画壇」。冒頭には、伝統的な仏画の画題に洋風の陰影法を用いた、狩野一信《五百羅漢図》が登場します。
狩野派は江戸時代には画壇の中心にいましたが、この時代、その門下からは従来の狩野派の様式から離れた独創的な絵師も現れていました。狩野一信はその代表的な存在といえます。
(左の6幅)《五百羅漢図 第二十一・二十二・四十五・四十六・四十九・五十幅》狩野一信 嘉永7~文久3年(1854~ 63)大本山増上寺[全期間展示]
狩野派と並んで、19世紀の江戸において二大流派だったのが谷文晁の一門です。文晁は中国絵画をはじめ朝鮮絵画、西洋絵画、やまと絵、円山四条派など諸派を研究し、独自のスタイルを生みました。
文晁一門の系譜は明治以降も続き、その表現は近代日本画にも受け継がれています。
(左から)《坪内老大人像画稿》渡辺崋山 文政元年(1818)東京国立博物館 / 《柿本人麻呂像》谷文晁 文化3年(1806)サントリー美術館[ともに展示期間:10/11~11/6]
第2章は「幕末の洋風画」。江戸時代中期に蘭学が盛んになると、司馬江漢や亜欧堂田善らは西洋画法を取り入れた洋風画を制作。江戸時代後半になると銅版画や洋書が多く流入し、陰影法や遠近法を用いた様々な洋風画も制作されました。
安田雷洲は、幕末の江戸で活躍した洋風画家です。《赤穂義士報讐図》は、聖書の挿絵をもとに赤穂義士を描いたもので、ランタンは蝋燭、聖母マリアは大石内蔵助、幼子イエスは吉良の生首へと大胆な変換がなされています。
(左から)《赤穂義士報讐図》安田雷洲 江戸時代19世紀 公益財団法人 本間美術館 / 《山水図》安田雷洲 江戸時代19世紀[ともに展示期間:10/11~11/6]
《東都勝景銅板真図》は、雷洲による初期の銅版画の代表作です。画風は亜欧堂田善の影響を受けており、細やかな線描やドットを重ねて、緻密な風景が描き出されています。
雷洲の銅版画は、ほとんどが一枚ずつしか現存していません。
(手前左から)《東都勝景銅板真図》 安田雷洲 文政7年(1824) 神戸市立博物館[全期間展示] / 《自高田千里原至棣棠郷之図》 松本保居 江戸時代 19世紀 杜若文庫
第3章は「幕末浮世絵の世界」。浮世絵は、19世紀になるとジャンルが拡大。北斎、広重、国芳などの巨匠は多くの弟子を育て、特に歌川派は幕末浮世絵界の一大勢力となりました。
歌川芳艶と歌川芳員は、ともに国芳の門下です。芳艶は同門の中でも師の画風を強く受け継ぎ、芳員は横浜浮世絵で活躍しました。
(左から)《八嶋壇浦海底之図》歌川芳艶 安政5年(1858)千葉市美術館 / 《頼光山中ニ妖恠見る図》歌川芳員 嘉永2~5年(1849~52)青木コレクション(千葉市美術館寄託)[ともに展示期間:10/11~11/6]
その横浜浮世絵とは、開港した横浜の西洋風俗などを主題にした作品です。横浜の「今」を伝えるものとして、江戸の人々から人気を博しました。
五雲亭貞秀と歌川芳員は、横浜浮世絵を代表する画家といえます。
(左から)《生写異国人物 阿蘭陀婦人挙觴愛児童之図》五雲亭貞秀 万延元年(1860)サントリー美術館 / 《横浜異人商館座敷之図》五雲亭貞秀 文久元年(1861)サントリー美術館[ともに展示期間:10/11~10/30]
最後の第4章は「激動期の絵師」。大政奉還の後に明治政府が成立し、近代日本がスタート。かつては明治元年以前と以後の美術は分けて考えるのが主流でしたが、近年では江戸と明治の連続性に目が向けられ、幕末明治期の絵師たちの再評価が進んでいます。
菊池容斎は神武天皇以後の偉人を挿絵付きでまとめた大著『前賢故実』で知られる、近代歴史画の祖です。『前賢故実』は孝明天皇と明治天皇にも献上されています。
(左から)《舞踊図》菊池容斎 文久年間(1861~64)頃 奈良県立美術館[展示期間:10/11~11/6] / 《日蓮上人波題目之図》菊池容斎 天保年間(1830 ~44)頃 静岡県立美術館[ともに展示期間:10/11~11/6]
慶応4年(1868)に江戸が東京と改称されると、急速に都市化が進展。文明開化の東京を描いた「開化錦絵」が大量に出版されました。
開化錦絵の部数はとても多く、一説によると江戸時代を通して出版された浮世絵の総量と同等ともされています。
(左から)《東京日本橋風景》歌川芳虎 明治3年(1870)サントリー美術館 / 《新吉原江戸町一丁目五勢楼宝槌楼合併 青楼五階之真図》歌川芳虎 明治4年(1871)サントリー美術館[ともに展示期間:10/11~10/30]
近年、この時代に活躍した絵師や画家は人気を集めており、歌川国芳をはじめ、河鍋暁斎、月岡芳年らはすでに何度も展覧会が開催されています。ただ本展では、あまり知名度が高くない人の作品も紹介されているのが特徴的。目の肥えた美術ファンにも、新たな発見があると思います。
会期は大きく11月6日(月)までと11月8日(水)からで展示替えがありますが、それ以外も細かな展示替えがあります。お目当てがある方は、公式サイトの出品のリストでご確認ください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年10月10日 ]