広大な森と湖をはじめ、豊かな自然に囲まれている北欧の国・フィンランド。フィンランドから生み出された家具やインテリアは日本でも人気が高まっていますが、中でも機能性と洗練された美しさを誇る「フィンランド・グラスアート」を紹介する展覧会が、東京ではじまりました。
会場風景 大客室
3つの章立てからなる第1章は「フィンランド・グラスアートの台頭」。1917年にロシアから独立したフィンランドで推し進められたモダニズムの動きは、ガラス界においても行われます。1930年代に入ると万国博覧会への参加に向けて、コンペティションが数多く開催。多くの優秀なデザイナーたちはガラス制作に携わるようになります。
この時期を代表するデザイナーと言えば、アルヴァ・アアルト(1898-1976)とアイノ・アアルト(1894-1949)夫妻です。ガラス制作や家具のデザインなど、多岐にわたって活躍し国際的に高い評価を得た2人は、フィンランド・グラスアートのパイオニアと言えます。
アルヴァ・アアルトによるガラス作品のアイコンとも言える花瓶
第二次大戦の敗戦により困窮を極めたフィンランドですが、その逆境がフィンランド人のアイデンティティ構築を促し、国際社会における地位を立て直していきます。
第2章「黄金期の巨匠たち」では、1950年代以降のフィンランド・グラスアートの黄金期を支えたカイ・フランク、タピオ・ヴィルッカラ、ティモ・サルパネヴァ、オイヴァ・トイッカの4人のデザイナーを取り上げます。
本館 2階広間
日用品とアートグラスの双方を手掛けたのは、“フィンランド・デザインの良心”の異名を持つカイ・フランク(1911-1989)。フランクは、新たな素地作りや技法の開発を行い、大胆な色彩の取り合わせによる実験的で伸びやかな造形を得意としています。
一点物にこそ表れるビビットな色合いのコンビネーションからは、フランクの自由な制作姿勢がうかがえます。
会場風景 カイ・フランクの作品
フィンランドの自然を愛したタピオ・ヴィルッカラ(1915-1985)は、氷からインスピレーションを得たデザインを繰り返し制作。北欧で“森の王”と呼ばれるヘラジカや、フィンランドに自生する杏茸というキノコの一種をモチーフにした作品も生み出しています。
《パーダルの氷》 1960年 タピオ・ヴィルッカラ イッタラ・ガラス製作所
オイヴァ・トイッカ(1931-2019)は、ガラスの制作のほかにアラビア製陶所の陶器やフィンランド国立劇場の舞台芸術や衣装、マリメッコのテキスタイルのデザインなど多彩な才能を発揮。 トイッカの造形は、カラフルで子供心を大切にした自由な感覚を感じさせます。
《知恵の樹、ユニークピース》 オイヴァ・トイッカ 2008年
会場内を案内するように登場している愛らしい鳥は、1,000を超える《バード・バイ・トイッカ》シリーズ。小さな鳥《シエッポ》がはじまりとなったこのシリーズは、1971年に制作されてから今なお毎年デザインを増やしています。
会場風景 オイヴァ・トイッカの作品
ガラス製作所とデザイナーや職人との信頼関係の中で生み出されたフィンランドのグラスアートですが、変化に富んだグローバル社会において、老舗ガラス製作所の中で今もなおデザイン性を発信し続けているのは、イッタラのみとなりました。
第3章「フィンランド・グラスアートの今」では、伝統技術に学びながらも独自のアプローチを見出している、現在精力的に活動するマルック・サロとヨーナス・ラークソの作品を紹介しています。
会場風景 新館
マルック・サロ(1954-)のデザインの特徴には、ユーモラスで身体的な表情を醸し出す造形が現れています。金属製メッシュに直接ガラスを吹きこんだ「メッシュ」シリーズは、サロの代表作です。
展示風景 マルック・サロの作品
一方、ヨーナス・ラークソ(1980-)は、技術力と造形性に裏付けられる独創的なガラス制作に取り組んでいます。 特にヴェネチアン・テクニックに長け、それらを組み合わせて独自のアプローチに発展。自身の実生活や若者カルチャーなど身近なものからインスピレーションを得た、スタイリッシュさやユーモラスのある作品を生み出しています。
ヨーナス・ラークソ《ジグザグ》シリーズ
展覧会の会期は9月3日まで。今年の夏も猛暑が予想されますが、フィンランド・グラスアートの変遷をたどりながら“涼”を感じてみてはいかがでしょうか。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 2023年6月23日 ]