コロナ禍で移動が制限されるなか、多くの人は部屋で過ごす時間が長くなったのではないでしょうか。
自分自身にとって身近な空間である「部屋」は、美術家がしばしば題材にするモチーフのひとつ。19世紀から現代までの作品約50点で、部屋にまつわるさまざまな表現を紹介する展覧会が、ポーラ美術館で開催中です。
ポーラ美術館入口 報道内覧会当日は雪でした
会場は地下1階と地下2階。特に順路も定められておらず、窓をあしらった空間で、作家ごとに作品がまとめられています。
大胆な色使いと筆致の作品で「フォーヴ」(野獣)と称されたのは、アンリ・マティス(1869-1954)です。日本でも人気が高く、4月からは東京で大回顧展も開催されます。
マティスは壁掛けや調度、モデルの衣装にもこだわり、演出した室内空間を描きました。部屋は、このような様々な要素を作家が自由に操作できるため、自らの芸術を深めるのに最適な空間といえます。
(左から)アンリ・マティス《室内:二人の音楽家》1923年 ポーラ美術館 / アンリ・マティス《襟巻の女》1936年 ポーラ美術館
続いて、ナビ派のエドゥアール・ヴュイヤール(1868-1940)。自宅の室内の母や姉をモデルに、明暗の効果を用いて、神秘的で暗示に満ちた空間を描きました。
1900年以降、数多くの依頼を受けて手がけた肖像画においては、周囲のモティーフなどもふくめ、部屋のありよう全体が描かれています。
(左手前)エドゥアール・ヴュイヤール《書斎にて》1927-1928年 ヤマザキマザック美術館 / (右奥)ベルト・モリゾ《ベランダにて》1884年 ポーラ美術館
ピエール・ボナール(1867-1947)も、ナビ派の一員です。生涯にわたり、恋人や家族、友人などの身近な人々や、自宅の室内や食卓など、身の回りのものを描きました。
特に数多く描いたのが、妻のマルトです。マルトは一日に何度も入浴する習慣があり、ボナールは浴室や化粧室にいる彼女をさまざまな構図で描いています。
(左から)ピエール・ボナール《山羊と遊ぶ子供たち》1899年頃 ポーラ美術館 / ピエール・ボナール《りんごつみ》1899年頃 ポーラ美術館
佐藤翠(1984-)と守山友一朗(1984-)は、2021年に初めて二人展を開催。今回は共作を含んだ新作の数々で、ひとつの空間を構成します。
佐藤翠は、色とりどりの洋服が並ぶクローゼットや花々を、あざやかな色彩で表現。守山友一朗は、日常の場面や旅先の風景を観察し、その奥に潜むもうひとつの世界を描きます。
佐藤翠+守山友一朗
髙田安規子・政子(1978-)は、一卵性双生児のアーティストユニット。本展では、窓や扉をモチーフにした新作のインスタレーションを展示しています。
開かれた無数の窓や、鍵を挿したままの扉は、閉鎖から開放へと段階的に向かっている現状を示唆しています。
高田安規子・政子《Open / Closed》2023年 作家蔵
下のフロアに進むと、現代を代表する作家である草間彌生と、ヴォルフガング・ティルマンス。それぞれ、新収蔵作品も初公開されています。
ヴォルフガング・ティルマンス(1968-)は、ドイツ出身の写真家。1990年代に自らを取り巻く日常を捉えた作品で脚光を浴び、第一線での活動を続けています。
ティルマンスの写真の舞台でしばしば登場するのが、彼自身が拠点とした住居やアトリエです。自身の日常に向ける親密なまなざしが反映されています。
ヴォルフガング・ティルマンス《あふれる光》(a)~(d)2011年 ポーラ美術館
前衛芸術家の草間彌生(1929-)は、幼少期から幻視や幻聴を体験し、網目模様や水玉が増殖する作品で、世界中から注目を集め続けています。
草間の作品で、ベッドをモチーフにしたものはこれまでに2点制作されており、《ベッド、水玉強迫》はそのうちの1点です。白地に赤色の斑点は軽やかな印象ですが、ベッドの内側には布製の突起物が増殖し、異様さが感じられます。
(手前)草間彌生《ベッド、水玉強迫》2002年 ポーラ美術館
自分の部屋は安心をもたらすとともに、外界から隔絶された閉塞感も覚えます。変化が乏しい日常が流れていく空間ですが、親しい人たちが集う特別な場所でもあります。
パンデミックから日常を取り戻しつつあるこの時期に、部屋という小さな世界のなかで広がるさまざまな営みを、あらためて見つめ直す展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年1月27日 ]