ヒトを含む生物に害を与える物質、毒。動物、植物、菌類、そして鉱物や人工毒など、毒は自然界のあらゆるところに存在します。
毒をテーマに、動物学、植物学、地学、人類学、理工学の各研究分野のスペシャリストが徹底的に掘り下げる展覧会が、国立科学博物館で開催中です。
国立科学博物館 特別展「毒」会場入口
会場は「毒の世界へようこそ」から。身の回りの自然界に存在する、さまざまな毒。
まず最初の章では、毒の概念や、毒が人間を含む生物にどのように作用するのかを解説していきます。
第1章「毒の世界へようこそ」
第2章「毒の博物館」では、私たちのまわりにある様々な毒を紹介します。生物が毒を持っている目的は、主に「攻めるため」と「身を守るため」。
ここでは「攻めるための毒」「守るための毒」を持つ生物を、圧巻の拡大模型で見ることができます。
第2章「毒の博物館」
毒を持つ生物といえばヘビやハチなどと動物をイメージする人が多いと思いますが、植物にも毒はあります。
オクトリカブト、ドクウツギ、ドクゼリは、日本の3大有毒植物とされています。
(左から)ドクウツギ / トリカブト / ドクゼリ
また、毒の中には鉱物に由来するものもあります。その代表といえるのが、砒素。
酢酸銅と亜砒酸銅からつくられた緑色顔料(花緑青)は、布の染色、壁紙、建材の塗色などに用いられますが、その主成分が砒素です。
日本でも砒素が使われて話題を呼んだ殺人事件がありました。
第2章「毒の博物館」 毒の原料となる鉱物·硫砒鉄鉱
さらに、私たち人間も毒をつくっています。シラミやマラリアの駆除のために使用されたDDT や、工業的に利用されたPCBなどは、自然に分解されにくく、マイクロプラスチックに吸着されます。
これらが食物連鎖を経て私たちの口に入る時には高濃度になるため、他ならぬ私たちを苦しめることになるのです。
第2章「毒の博物館」 人間が作った毒
第3章は「毒と進化」。毒は生物を進化させる原動力にもなりました。
派手な警告色をしている生物の中には、毒を持っているものがあります。あらかじめ自らが危険な有毒動物であることを示すことで、無用な争いを避けることができます。
第3章「毒と進化」 警告色 キオビヤドクガエル
毒を巡る、コアラとユーカリの関係も紹介されています。
ユーカリにはタンニンやテルペン、青酸配糖体、フェノール化合物など、毒性をもつ化学物質が多く含まれています。
ユーカリを食べるコアラは味や匂いで毒性の少ない葉を選別しながら、肝臓の酵素で解毒をおこなっているのです。
第3章「毒と進化」 毒に耐える コアラVS ユーカリ
第4章「毒と人間」では、太古から近現代まで毒と人間の関わりを考えます。人類が毒を扱ってきた歴史は、人類における科学的な活動の歴史そのものといえます。
ドイツの化学者、フリッツ·ハーバーは、空気中の窒素からアンモニアを合成する方法の開発に成功し、1918年にノーベル賞受賞。ただ、第一次世界大戦時には毒ガスの開発にも関わっています。
第4章「毒と人間」 (左)フリッツ·ハーバー
生活の中で使われている毒の代表的な例が、蚊取り線香です。
蚊取り線香の材料になるシロバナムシヨケギク、いわゆる除虫菊に含まれるピレトリンは、昆虫や両生・爬虫類に対する神経毒です。
第4章「毒と人間」 殺虫剤と忌避剤
展覧会の最後は、終章「毒とはうまくつきあおう」。人間の活動が招いた気候変動や物流によって、新たな環境に毒生物の分布が広がっているなど、毒は私たち自身が拡散しているともいえます。
毒と向き合わざるを得ない私たちができることを、考えていかなければなりません。
終章「毒とはうまくつきあおう」
いかにも科博らしい展覧会ですが、毒をテーマにした特別展が国立科学博物館で開かれるのは初めてです。
毒殺、猛毒、中毒…など、毒が付く熟語も、縁起が悪い言葉ばかり。怪しい毒の世界を、ご堪能ください。東京展の後に、大阪市立自然史博物館に巡回します(2023年3月18日〜5月28日)。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫、坂入美彩子 / 2022年10月31日 ]