神戸市出身の美術家、飯川雄大(1981-)。鑑賞者の気づきや能動的な反応を促すようなインスタレーション作品で知られる、近年活躍が目覚ましいアーティストの1人です。
人のコミュニケーションの不完全さや、気づきそのものにも焦点を当てて、鑑賞者の行動と思考を促すユニークな展覧会が、彫刻の森美術館で開催中です。
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彫刻の森美術館 エントランス
今回の展覧会は、屋外(緑陰広場)と室内(アートホール)で展開。まずは屋外の作品から見ていきましょう。
「見て行きましょう」と書きましたが、実は「全てを見る」ことができないのが、この作品です。
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目立つピンク色なので、遠くにあるのはすぐ分かります。
巨大な作品は、ピンク色の猫。幅19メートル、高さ15メートルという巨大さですが、顔の前に樹木があるため、全てを見ることができません。顔が見える場所まで近寄ると、今度は猫のかたちが分からなくなるというのがポイントです。
何でもスマホで撮影して気軽に情報を発信できる時代ですが、巨大な猫を他者に伝えることは、とても困難です。
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《デコレータークラブ –ピンクの猫の小林さん–》2022年 ※写真提供:彫刻の森美術館
続いて、室内(アートホール)の作品。館の前でも小さな「ピンクの猫の小林さん」が出迎えてくれます。
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彫刻の森美術館 アートホール
室内に入ると、ロープが張り巡らされた空間です。ロープは白いボックスから出ていて、そのボックスにはハンドルが。鑑賞者がハンドルを回すとロープが引っ張られて、どこかに変化がおこります。
分かりやすいのは、壁面に吊るされたリュックサック。あるハンドルを回すと、リュックが上に上がっていきます。
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《デコレータークラブ ─ 0人もしくは1人以上の観客に向けて》2022年 ロープ、滑車、ハンドル
壁面にはロープで文字が書かれています。こちらも、あるハンドルを回すとロープが動き、文字の色が変わって行きます。注意深い人なら、気が付くかもしれません。
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《デコレータークラブ ─ 0人もしくは1人以上の観客に向けて》2022年 ロープ、滑車、ハンドル
よく見ると、ロープは屋外にも繋がっているようです。建物の外に出て、ロープを追っていくと…
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樹木の上を経由して、ロープは本館ギャラリーへ。反対側にまわると、壁面に何やら怪しいリュックサックがあります。
実は、このリュックサックも、ハンドルをまわすと上がっていきます。ただ、ハンドルを回すのと、リュックが上がるのを同時に見ることは不可能。リュックだけでなく、ロープをたどると、館内で他の変化にも気づくことができるかもしれません。
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(奥の壁面)《デコレータークラブ ─ 0人もしくは1人以上の観客に向けて》2022年
作品名の「デコレータークラブ」は、世界中の海に生息し、擬態する性質を持った蟹の名前。蟹の生態を紹介するテレビ番組で、ダイバーがこれを見つけた時の驚きが、テレビを見ていた飯川には全く伝わってこなかった事からの着想です。
たくさんの言葉や映像を使っても、どうしても伝えることができない部分があります。確かに、自分の思いを人に伝えるのはとても難しいもの。SNSの普及で意思表示がしやすくなった今だからこそ、改めてその難しさに気が付きます。
奥深いコンセプトですが、作品そのものは明るく親しみやすいので、子ども連れにもおすすめです。《デコレータークラブ –ピンクの猫の小林さん–》は、天候によっては出ていない時もありますので、最新情報は公式サイトでご確認ください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年9月4日 ]