泉鏡花は1873(明治6)年、石川県金沢市生まれ。尾崎紅葉の作品を読んで作家を目指し、18歳で紅葉門下生になります。
生涯300編余りの作品の中で、鏡花が繰り返し描いたテーマは〈母〉と〈異界〉、そして〈水〉でした。特に〈母〉は9歳で亡くした追慕の念が、彼の創作活動の基礎となっています。
展覧会では、こうしたテーマに沿った女人たちの球体関節人形を展示、紹介しています。
いつものように会場の扉をくぐると、どことなくひんやりとした雰囲気は、まさに異界そのもの。弥生美術館で人形を中心にした展覧会が行われるのは、今回が初めてです。
順路の案内どおりに左手を見ると、鏡花の首が。日本における球体関節人形の草分け的存在、吉田良による作品です。鏡花の視線を感じながら、展覧会はスタートします。
日本橋芸者をめぐる人間関係が入り乱れる愛と死のメロドラマ『日本橋』。発表の翌年に真山青果の脚色で上演されて以来、新劇派の定番として人気を博した作品です。
水澄美恵子による《お考とお千世》は、強気な女性と、そんな彼女に憧れる少女という姉妹のような関係が表されています。
弥生美術館 文豪・泉鏡花×球体関節人形 1階ホシノリコの作品は、大正3(1914)年に『淑女画報』(博文館)から発表された『革鞄の怪』の世界を表したもの。偶然出会った花嫁に妻子を亡くした男が心を乱し、その袖とともに思い出などすべて大きな革鞄に封じ込め、進んで制裁を甘受しようとする男の行動を再現しています。
あどけない花嫁の袖の先には執念を感じる白い手が伸び、その袖をつかんで離さない様子がなんとも不気味です。
その隣の『茸の舞姫』もホシノリコの作品ですが、こちらは『革鞄の怪』とは雰囲気がガラリと変わります。
泉鏡花の作品の違いにより、同じ人形作家から全く異なった世界が生まれる事もお楽しみいただけます。
弥生美術館 文豪・泉鏡花×球体関節人形 2階2階の展示室に入ると、また左側から視線を感じます。
1階の鏡花の眼差しとは違う、恨みの籠った視線は、愛実による『琵琶伝』のお通です。夫の咽喉を食い破って殺害を果たすお通の狂人っぷりが、見事に再現されています。
薄く開いた唇からは「ツウチャン、ツウチャン、ツウチャン」と聞こえてきそうなほど、精巧に作られています。
照度が落とされた会場に展示されている人形たちは、すべて生きているかのような存在感があります。近づいてみると、呼吸をしているのはと思うほどです。その様子をぜひ体感いただけたらと思います。
また展覧会と一緒にオススメしたいのが、図録です。本展の人形と解説が掲載された豪華な図録は、読むだけでも鏡花文学の世界観に入り込んだようになります。遠方なのでとても行けない・・・でも見たい。そういう方はぜひ。
[ 取材・撮影・文:静居絵里菜 / 2018年6月30日 ]