現代スペインの巨匠として、ピカソと並んで広く知られているジュアン・ミロ(1893-1983)。ミロの日本文化への深い造詣について探る、大規模な回顧展が開催中です。
Bunkamura ザ・ミュージアム「ミロ展 日本を夢みて」会場入口
ミロが生まれる5年前の1888年、バルセロナでは万国博覧会が開催され、日本の美術工芸品に注目が集まります。 ミロは、そんなジャポニスム・ブームに沸いた中で少年時代を過ごします。
浮世絵のコレクターや俳句に興味を抱く詩人との交流の中で、日本に対して深い憧れを抱くミロ。同じ美術学校に通い、アトリエをシェアしていた親友のリカルを描いた作品の背景に張り付けた浮世絵からも、ミロの日本美術への関心が分かります。
(左から) ジュアン・ミロ 《アンリク・クリストフル・リカルの肖像》 1917年冬-初春 ニューヨーク近代美術館 / 作者不明 《ちりめん絵》 制昨年不明 サビーン・アルマンゴル氏、アルマンゴル=ジュ二ェン・コレクション
1920年に初めて訪れたパリで、ミロはシュルレアリスムの詩人や画家たちと過ごします。この時期に描かれた、薄い青色や茶色を背景に線や記号にような形を配する作品は“夢の絵画”シリーズと呼ばれています。
薄い青地を背景に、人物の横顔と黄色く塗られたパイプの煙が描かれた《絵画(パイプを吸う男》。一見、自由に絵筆を走らせた様にも見えますが、ノートに残された素描から緻密に制作されていることが分かる作品です。
(左から)ジュアン・ミロ 《無題》 1930年 一般財団法人草月会 / 《絵画(パイプを吸う男》 1925年 富山県美術館
1932年、パリの第一線で活躍していたアーティストを紹介する「巴里信興美術展」が開催され、日本国内を巡回します。日本の美術家や評論家は、ミロをはじめとするシュルレアリスムの作品に衝撃を受けます。
そこで展示されたミロの2点の作品うちの《焼けた森の中の人物たちによる構成》は、荒々しいひっかき傷のあるグレーの背景に、筆跡の残された部分や丁寧に塗りつぶされた部分など、画面内にいくつもの異なる質感を感じることができます。
展示風景 (右)《焼けた森の中の人物たちによる構成》 1931年3月 ジュアン・ミロ財団、バルセロナ
本展で最も注目の作品は、56年ぶりに来日となった《絵画(カタツムリ、女、花、星)》。 画面には、女性たちの間を縫うようにタイトルの4つ単語がフランス語で書かれています。
フランスの実業家マリー・キュットリに依頼されたタペストリーのための下絵として制作されたこの作品は、タペストリーと同等のサイズで描かれた、ミロの代表作のひとつと言えます。
(左から) ジュアン・ミロ 《ゴシック聖堂でオルガン演奏を聞いている踊り子》 1945年5月26日 福岡市美術館 / 《絵画(カタツムリ、女、花、星)》 1934年 国立ソフィア王妃芸術センター、マドリード
第二次世界大後、日本のやきものに興味をもち、陶器の制作を積極的に始めるようになります。日本文化に造詣の深い陶芸家、ジュゼップ・リュレンス・イ・アルティガスとも共同制作を行うなど、日本への愛着はますます深まります。
展示風景 (手前)ジュゼップ・リュレンス・アルティガス、ジュアン・ミロ 《大壺》 1966年 京都国立近代美術館蔵
日本を訪れた友人が持ち帰った、やきものや書、こけしや大津絵などの民芸品にも触れ、ミロは日本への旅を夢みるようになります。 その夢が叶うのは、ミロが73歳の時。東京と京都の国立近代美術館でミロの回顧展が開催された1966年に念願の初来日を果たすこととなります。
2週間の滞在で京都の龍安寺や奈良の東大寺、各地の窯元や東京の五島美術館にも足を運んだミロ。1940年に世界初のミロのモノグラフを発表した瀧口修造や日本の作家との対面も果たしました。
展示風景 (下)《ミロ訪問日記アルバム》 / ジュアン・ミロ 《祝毎日》 1966年10月4日 毎日新聞社
来日時に購入した日本の品々や、友人から贈られた日本の民芸品は、ミロのアトリエに飾られます。会場には、旧蔵の貴重な品々が並んだアトリエを再現したコーナーもあります。
展示風景 アトリエの再現
ミロが二度目の来日を果たしたのは、大阪万博を前年に控えた1969年のこと。万博のガスパビリオンのための陶板壁画を設置するだけでなく、その場で追加の壁画を描くことを提案し、関係者を大いに驚かせたという話も残っています。
展示風景
「日本の書家たちの仕事に夢中になったし、確実に私の制作方法に影響を与えています」と語っていたように、来日以降のミロの作品には、書道を感じさせる黒く太い線を用いて、滲みや跳ねの表現が取り入れられます。
展示風景 ジュアン・ミロ《絵画》 1973年頃
80歳の誕生日に、衰えない創作意欲を語った4日後に発表されたのが、マジョルカ・シリーズです。黒い線だけの版、色のみの版、ネガポジ反転をさせた版のバリエーションで36点からなるこの作品は、ミロの集大成と言える作品です。
展示風景 ジュアン・ミロ《マジョルカ・シリーズ》 1973年 長崎県美術館
国内では20年ぶりの回顧展となった本展は、日本への熱い想いと溢れる創作力が充満した会場です。足を運んでミロの世界観に浸ってみては。
[ 取材・撮影・文:古川 幹夫、坂入 美彩子 / 2022年2月10日 ]