日本の具象絵画の登竜門とされた安井賞を史上最年少で受賞するなど、80年代から第一線で活躍を続ける福田美蘭(1963-)。見る人の固定観念を覆し、絵画の可能性に挑戦するような独自の芸術は、いつも私たちを驚かせてくれます。
福田が選定した千葉市美術館の日本美術コレクションを読み解いて、新たに創作した作品を中心に紹介する展覧会が同館で開催中です。

千葉市美術館「福田美蘭展 千葉市美コレクション遊覧」第1会場入口
まずは千葉市美の《酒吞童子 褒賞》から。本来は19図による組み物ですが、千葉市美の収蔵品は1枚だけです。
そこで福田は、全図が所蔵されているハンブルク美術工芸博物館の画像データを使い、この図に至る前段部分を1枚の画面で構成しました。あらすじも入れて、鬼が生首になる顛末が生き生きと描かれています。

(左から)菱川師宣《酒吞童子 褒賞》延宝(1673-81)末期 千葉市美術館 / 福田美蘭《大江山の酒呑童子退治》2019年
先に進むと、なかなかユニークな会場デザインです。白い壁がジグザク上に設置され、千葉市美のコレクションと福田の作品が対になるように展示されています。
本展での福田の作品は新作がメインですが、これまでに発表された作品に千葉市美のコレクションをあわせたものもあります。

入隅(二つの壁が内向きに入りあってできる角の部分)を挟んで、対になる作品が並びます。
虎と格闘するのは、二代目市川団十郎。虎は力で屈服できるかもしれませんが、虎をコロナに見立てると、そうはいかないでしょう。
福田はこの作品で、虎=コロナを撲滅ではなく共生・共存を目指して表現しました。ゼロコロナではなくウィズコロナ、といったところでしょうか。

(左から)福田美蘭《二代目市川団十郎の虎退治》2020年 / 鳥居清倍《二代目市川団十郎の虎退治》正徳3年(1713)千葉市美術館
浮世絵版画で使われる「きめだし」の手法は、紙にエンボス加工をつけるテクニックです。雪の表現などで用いられますが、福田はこれを、スーパーコンピューター「富岳」による飛沫拡散シミュレーションとリンクさせました。
空を舞う千鳥に気づいて振り返る女性と、供の少女。穏やかな雪景色の中にも、飛沫が漂っています。

福田美蘭《三十六歌仙 紀友則》2021年
今でこそ浮世絵は、額に入ったものを美術館で鑑賞するのが一般的ですが、本来は手に取ってみるものです。上から見たり下から見たりと、方向も自由でした。
福田は《冨嶽三十六景 凱風快晴》の雲に注目しました。だまし絵的な手法を用いる事で、左側から傾けて見ると別の図像が見えてきます。展示作品の横に、実際に触れる作品も用意されています。

福田美蘭《冨嶽三十六景 凱風快晴》2021年
「虎渓三笑」は、中国の故事です。修行のため「虎渓の石橋を超えない」と誓って山奥まで入った高僧が、ふたりの友人を見送る際に、話が尽きずに橋を超えてしまい、虎の吠える声で気づいて三人で大笑いした、という話です。
千葉市美コレクションの曽我蕭白による《虎渓三笑図》から着想した福田の作品には、話のオチも画中に入っています。二頭の虎がどこにいるか、分かりますか?

福田美蘭《虎渓三笑図》2020年
尾形光琳の《燕子花図屏風》は琳派を代表する作品ですが、福田は燕子花を外した琳派的表現を試みました。
「金地に少ない色数、画題は世俗的で、物語性が無い」という解釈から生まれたのが、束ねた野菜による《燕子花図》。
空地に敷かれた雑草防止用シートと、その隙間からぐんぐんのびる雑草の対比に、琳派的な魅力を見出したのが《雑草シート空地図》です。

福田美蘭《燕子花図》2015年 京都国立近代美術館 / 福田美蘭《雑草シート空地図》2015年 京都国立近代美術館
会場ラストに鎮座するのは、市川海老蔵の「にらみ」。十三代目市川團十郎白猿を襲名する予定ですが、コロナ禍により襲名披露の日程が決まっていません。
もともと市川團十郎に伝わる「にらみ」は、疫病退散の願いを込めたものでした。江戸時代に魔除けの赤色で描いた「疱瘡絵」にならい、福田は赤で海老蔵を表現。超人のように目からビームを出し、大地をぶっ飛ばします。
目の部分だけポストカードサイズになっており、ひとり1枚、お持ち帰りいただけます。

福田美蘭《十三代目市川團十郎白猿襲名披露 口上》2021年
ユーモラスなだけでなく、どこかにアイロニーも含まれている福田の作品。その創作は周密な観察力と入念なリサーチに基づいており、作品を鑑賞する、という行為そのものにも一石を投じます。
とても人気がある作家ですが、意外にも大規模個展としては2013年の東京都美術館以来。千葉市美術館だけでの開催となりますので、お見逃しなく。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年10月4日 ]