西洋の人々にとって、日本や中国の工芸品は古くから憧憬の的でした。なかでも陶磁器やガラス製品は、日本や中国の工芸が手本とされ、材質、形状、装飾などの面で様々な試行錯誤が繰り返されてきました。
ジャポニスムとアール・ヌーヴォーをテーマに、ブダペスト国立工芸美術館が所蔵する名品を中心に紹介する展覧会が、パナソニック汐留美術館で開催中です。
パナソニック汐留美術館「ブダペスト国立工芸美術館名品展」会場入口
19世紀末から20世紀初頭までの工芸作品で、西洋における日本美術の影響について考察する展覧会。会場は6章構成です。
第1章「自然への回帰 -歴史主義からジャポニスムへ」は、ジャポニスムの初期段階の作品について。
ジャポニスムの初期段階はもっとも強く影響を受け、当時のヨーロッパの人々にとっては大胆な構図が見られます。一方で、偶発性の美についてはほとんど考慮されていません。
(左から)《花鳥文花器》ジョゼフ=テオドール・デック 1880年頃 / 《朱漆風花鳥文扁壺》サン=ドニ工房 1870年頃 / 《濃紫地金彩昆虫文蓋付飾壺》ミントン社 1872年
第2章は「日本工芸を源泉として -触感的なかたちと表面」。東洋のやきものの特性として、焼成中に起こる予期せぬ事態や偶発性をも重視している事があげられます。
完璧な仕上がりを目指していたヨーロッパの工芸作家たちも、このような東洋の陶磁器の影響を受けて、美しい効果を生み出す釉薬の実験を重ねて行きました。
(左から)《浮彫結晶釉花器》テプリツェ=ツルノヴァニ製陶所 1900年頃 / 《ラスター結晶釉花器》テプリツェ=ツルノヴァニ製陶所 1900年頃
第3章は「アール・ヌーヴォーの精華 -ジャポニスムを源流として」。この章では、さらに4つに分類して、華やかな陶磁器やガラス作品が紹介されていきます。
3-1は「花」。西洋美術で表現されてきた植物は、18世紀になると知識の高まりから学術的な紹介が広まりました。一方、日本趣味の作品においては、植物の自然性を打ち出し、ディテールは精緻に、構成はアンシンメトリー(非対称)になります。
(左から)《イヌサフラン文高脚杯》エミール・ガレ 1898-1901年 / 《高脚杯》エミール・ガレ 1900年頃
3-2は「表面の輝き」。日本の漆芸品にみられる蒔絵の煌めきは、ヨーロッパの人々を虜にしました。ここでは輝く表面をもった器が紹介されています。
金属的な光沢を持つガラスそのものは、すでに1860年代に発明されていましたが、技術に装飾性を加えて洗練させたのはティファニーです。
(左から)《花文瓢形花器》ルイス・カンフォート・ティファニー 1913年頃 / 《植物文花器》ルイス・カンフォート・ティファニー 1913年頃
3-3は「伝統的な装飾モチーフ」。日本の装飾美術では、花・葉・蔓などの植物や、雲・波・岩などの自然がモチーフに取り入れられることがしばしばあります。これらの装飾表現も、ヨーロッパの工芸美術に受け入れられました。
小さな作品に繊細な絵付けを行うのは高度な技術が必要ですが、ジョルナイ陶磁器製造所は、多彩な色調や着色ラスター彩を使用し、高い品質の作品を生み出しました。
(左から)《マーガレット花畑煙帯文花器》ジョルナイ陶磁器製造所 1898年頃 / 《花瓶 日本趣味文様花器》成型デザイン:シャーンドル・アパーティ・アブト ジョルナイ陶磁器製造所 1903年 / 《花瓶 ハンガリー民芸文様花器》成型デザイン:シャーンドル・アパーティ・アブト ジョルナイ陶磁器製造所 1903年
3-4は「鳥と植物」。動物の描写は、西洋美術にもしばしば見られますが、日本ではより注意深く動物を観察し、時にはユーモアも交えてその特徴が表現されます。
展覧会メインビジュアルにもなつている《孔雀文花器》は、花瓶上部に孔雀の羽の目玉模様が。全体の色彩も、孔雀の羽毛に見られる金属的な光沢を、見事に表現しています。
(手前)《孔雀文花器》ルイス・カンフォート・ティファニー 1898年以前
第4章は「建築の中の装飾陶板 -1900年パリ万博のビゴ・パビリオン」。陶器は数千年前から壁や屋根など、建築資材としても用いられてきましたが、19世紀末になるとその用途が大きく広がります。
ここで紹介されているのは、1900年パリ万博のビゴ・パビリオンで用いられた建築用陶器。博覧会でグランプリを受賞した後、ブダペスト国立工芸美術館の館長が買い上げました。
第4章「建築の中の装飾陶板 -1900年パリ万博のビゴ・パビリオン」
第5章は「もうひとつのアール・ヌーヴォー -ユーゲントシュティール」。植物的な様式が良く知られるアール・ヌーヴォーですが、他方で幾何学的な様式もあります。
「ユーゲントシュティール」といわれるこのスタイルは主にドイツ語圏で発展し、シンメトリーや様式化された植物モチーフがしばしば使用されます。ここで紹介されている作品は、独特のエレガントな装飾が見ものです。
(左から)《樹文花器》(一対)ビレロイ&ボッホ製陶所 1903年 / 《オルガ・ブラウエ食器セット》デザイン:ヨーゼフ・マリア・オルブリッヒ ビレロイ&ボッホ製陶所 1906年頃
最後の第6章は「アール・デコとジャポニスム」。
アール・ヌーヴォーに続く様式がアール・デコです。植物モチーフは、著しく抽象的に。フォルムはくっきりとし、しばしば色彩が重要な役割を果たします。
《ナーイアス図飾皿》は、ギリシア神話に登場する水の妖精がモチーフ。展示されている作品を見ると、アール・ヌーヴォーの時代が終わっても、日本美術の影響が残った事が良くわかります。
(左から)《網にかかった魚文鉢》エドワルド・ハルド オレフォスガラス工場 1924年 / 《ナーイアス図飾皿》ルネ・ラリック 1920年頃
最後に、ブダペスト国立工芸美術館について。工芸美術館としてはロンドン、ウィーン、ベルリンに続いて1872年に創設。現在は大規模な改築工事中ですが、リニューアル後は「中央ヨーロッパで最も刺激的で魅力に溢れた美術館」としての開館を目指しています。
出展されているのは、同館が収蔵してから初めて公開されるものも含めて、貴重な作品ばかり。展覧会は全国を巡回しましたが、東京展が最終会場となります。お見逃しなく。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年10月8日 ]