所在なくたたずむ、風船を見つめる、空中に浮かぶ…。どことなく物悲しい雰囲気を帯びた、鎧姿の人物像で知られるアーティスト、野口哲哉(1980-)。
初期から新作まで代表作約180点で、野口ならではの作品世界を辿る展覧会が、群馬県立館林美術館で開催中です。
群馬県立館林美術館「野口哲哉展-THIS IS NOT A SAMURAI」会場
独自の世界感で高く評価されている野口哲哉。インターネットミュージアムでも、練馬区立美術館「野口哲哉展 ― 野口哲哉の武者分類図鑑 ―」(2014年)、ポーラミュージアムアネックス「~中世より愛をこめて~ From Medieval with Love」(2018年)をご紹介してきました。サントリー美術館「ART in LIFE, LIFE and BEAUTY」(2020年)にも作品が出展されました。
今回は久しぶりの大規模展。5章構成で、第1章は「IN THE ARMOUR ~鎧の中へ~」です。
野口の立体作品は手のひらにのる5cmほどから、大きくても1mほど。特定のモデルは存在しませんが、真に迫ったリアリティが魅力です。
野口哲哉《Small sweet passion ~南北朝の花~》2018年
こちらは一対の作品ですが、大きさに10倍ほどの差があります。
像の大きさは、兵士が受け取っていたサラリー(給与)に比例しています。高い給与をもらっている人は大きく見えますし、その逆は小さく感じます。
野口哲哉《small & Giant》2012年
第2章は「REAL IN UNREAL ~仮想現実の中で~」。野口の作品にある「ありそうでないもの」は、人間社会への鋭い考察から生まれています。
猫を戦地に連れていくこの作品は、もちろんフィクション。ただ、犬や象が鎧を着て従軍している例は、いくつもあります。野口自身は猫が大好きで、いつも猫と生活してきたそうです。
野口哲哉《Cat-walk 2020》2020年 高松市美術館蔵
第3章は「ARMOURD DREAM ~鎧を着て見る夢~」。鎧兜や指物を付けた人間が、昆虫や甲殻類のように見える事があるという野口。眠っている人物が、標本のように小さな箱に入っているシリーズです。
標本の本質は眠りではなく死ですが、死を安らかなものとして捉えているのが特徴的。目を閉じた人の顔の美しさが際立ちます。
野口哲哉《BLACK MAN & HIS OPTION》2016年
第4章は「TRIP TO THE WORLD ~別世界旅行~」。オールドマスターからインスピレーションを受けた作品などが並びます。
野口が最も影響を受けた作家のひとりが、レンブラントです。浪費がたたって自己破産したレンブラントですが、財産目録には“日本の兜”もありました。珍しい異国の兜を購入したわけですから、自分で被った可能性も高いと思われます。
野口哲哉《AD1660 ~日本の兜を被ったレンブラント~》2017年
第5章は「THIS IS NOT A SAMURAI ~鎧を纏うひとびと~」。最後のコーナーは一般の方も撮影可能、立体作品がずらりとならぶ展示室は圧巻です。
野口哲哉展 第5章「THIS IS NOT A SAMURAI ~鎧を纏うひとびと~」
この章のタイトルでもあり、展覧会のサブタイトルでもあるのが「THIS IS NOT A SAMURAI」。鎧兜を身に着けていますが、野口が表現しているのはサムライではなく人間です。
時代や民族、宗教や文化が違えば、身に着けるものは異なりますが、中身はすべて人間。
偏見を持たずに、人間をピュアに見つめられる事が、野口の大きな魅力です。
野口哲哉《cheap wings》2019年 秋水美術館蔵
海外でも注目を集めている野口哲哉。徹底的なリアリティとユーモア、そして、人に対する野口の温かい視線が印象に残ります。
香川、山口と巡回して、群馬が3会場目です。最後は愛知・刈谷市美術館(2021年9月18日~11月7日)なので、関東は群馬のみです。お見逃しなく。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年7月7日 ]