大正~昭和初期にかけて書籍の装幀をはじめ、挿絵や舞台美術など多彩な分野で活躍した小村雪岱(1887-1940)の作品を紹介する展覧会が、三井記念美術館で開催中です。
展覧会は山下裕二先生が監修。繊細な表現で「昭和の春信」の異名を取った雪岱の世界を、さまざまな作品で紹介していきます。

会場入口
モダンなデザインが特徴的な雪岱の世界。展覧会では雪岱の作品だけでなく、「雪岱スタイル」ともいえるその様式を受け継ぎ、雪岱に私淑した作家の作品も紹介されます。
冒頭には展示ケースが二つ。右のケースには、雪岱が装幀を手がけた泉鏡花『日本橋』。隣は、その表紙絵に描かれた荷船をモチーフにした《見立漆器「苫舟日本橋蒔絵」》です。制作したのは、漆芸家の若宮隆志氏がプロデュースする輪島の漆芸蒔絵集団・彦十蒔絵です。

泉鏡花『日本橋』装幀:小村雪岱 大正3年(1914) 清水三年坂美術館

彦十蒔絵《見立漆器「苫舟日本橋蒔絵」》2019年
三井記念美術館ならではの独特の雰囲気を持つ展示室1から、本格的にスタート。この展示室は、もとは三井合名会社の役員食堂でした。
『繪入草紙 おせん』は、朝日新聞に連載された小説が書籍化されたもの。雪岱は邦枝完二とのコンビで「雪岱調」と称される江戸情緒あふれる画風を完成させ、その人気は不動のものに。挿絵が評判になり、新聞の発行部数まで伸びたといわれます。

邦枝完二 『繪入草紙 おせん』装幀:小村雪岱 昭和9年(1934)清水三年坂美術館
奥の展示室2には、傘を差す人々を描いた《おせん 雨》。人々の顔はほとんど描かず、肥痩の少ないシャープな線で、雨と傘を描写。実にモダンな感覚です。この作品で山下先生は雪岱に惚れ込んでしまったそうです。

小村雪岱《おせん 雨》昭和16年(1941)頃 清水三年坂美術館
展示室4には装幀本や肉筆画・木版画が並びます。
雪岱は東京美術学校在学中に、尊敬する作家だった泉鏡花の知遇を得て、鏡花の新作単行本『日本橋』の装幀を手掛けるという幸運に恵まれます。
それまでの鏡花本は鏑木清方や橋口五葉らが担当していましたが、これ以降は雪岱が増加。他の作家の著書もあわせて、雪岱は生涯に200数十冊の装幀を手がけています。

雪岱が手がけた装幀本の数々
雪岱の肉筆画は数こそ多くありませんが、知人からの依頼や、晩年に展覧会に出品した作品などがあります。それらの作品からも、雪岱ならではの洗練されたセンスを感じとる事ができます。

(左から)小村雪岱《月に美人》 / 小村雪岱《赤とんぼ》昭和12年(1937)頃 ともに清水三年坂美術館
茶室「如庵」を復元した展示室もユニークなコラボレーションです。雪岱の肉筆画「写生 ヤマユリ」の隣には、着想を得て作られた《枯山百合》。松本涼氏が楠をハンドリューターや彫刻刀で丹念に彫りあげました。花鋏は、若宮隆志氏が率いる彦十蒔絵の漆器です。

(手前左から)小村雪岱《写生 ヤマユリ》清水三年坂美術館 / 彫刻:小黒アリサ、漆芸:彦十蒔絵《見立漆器 「鋏」》2019年 / 松本涼《枯山百合》2019年
雪岱が初めて挿絵を手掛けたのは、里見弴作『多情仏心』です。最初こそ西洋画のデッサン風でしたが、その後、独自のスタイルに変化していきました。
雪岱の挿絵は、画面の多くを黒く塗りつぶしたり、逆に余白を多くとったりと、大胆な構図。文字や広告があふれる新聞という媒体の特性も考え、その中で挿図が活かされる方法を狙っていたのかもしれません。

土師清二『旗本伝法』挿絵:小村雪岱 昭和12年(1937)1月23日~9月19日「東京日日新聞」連載
雪岱は大正13年(1924)から舞台装置も手掛ける事になります。50分の1ほどの原画「道具帳」を雪岱が描き、それをもとに大道具・小道具の担当者が舞台装置を制作。舞台の制作には多くの人が関わりますが、雪岱の人柄と力量は多くの名優から絶大な信頼を集め、没するまでに200余の芝居を手がけています。

中里介山『大菩薩峠』舞台装置原画:小村雪岱 昭和5年(1930)9月 上演 歌舞伎座 原画所蔵:清水三年坂美術館
最後の展示室には工芸、ここでも雪岱へのオマージュ作品などが展示されています。
《平卓 波紋》は『おせん 雨』からの着想。雨がつくる波紋を、立体的な肉合い研ぎ出し蒔絵の技法で表現しています。こちらも若宮隆志氏が率いる彦十蒔絵による作品です。

彦十蒔絵《平卓 波紋》2019年
SNSでも人気になっている繊細で洗練された雪岱の世界。展覧会は巡回展で岐阜からスタート、コロナの関係もあって東京は2会場目となりました。東京の後に富山から山口に巡回、会場と会期はこちらです。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年2月5日 ]