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    レポート
    河鍋暁斎の底力
    東京ステーションギャラリー | 東京都
    人気絵師の大規模展も、出展作の中に本画や版画が無いという異例の構成
    作者自身の筆跡が残る写生や下絵から、「画鬼」暁斎の力量を改めて実感
    圧倒的な画力は必見。準備期間は半年という異例の短さも、SNSで大評判

    幕末から明治にかけて活躍した絵師、河鍋暁斎(1831-1889)。卓越した画力と、どんな画題でもこなせる器用さを併せ持ち、毎年どこかで展覧会が開催されているほど高い人気を誇ります。

    今回の展覧会は、出展されている約160点の中に本画や版画が全くない、という珍しい構成。「完成品が無い」というとネガティブにも思えますが、逆に写生や下絵を見ると、作者の力量が直接的にわかるもの。その筆の力をあらためて実感してもらおう、という企画意図です。



    インパクトが強いポスターです


    展覧会は3章構成で、第1章「描かずにはいられない 写生・模写・席画等」から。

    《日光地取絵巻》は日光での写生を後にまとめたもの。その旅行には、英国人建築家のジョサイア・コンドルが同行していました。三菱一号館の設計などで知られるお雇い外国人のコンドルは、暁斎の作風に魅せられて入門、「暁英」の画号を授かっています。



    《日光地取絵巻》1885(明治18)年8月(会期中場面替え予定)


    自らを「画鬼」と称するなど、絵に対する思いは人一倍だった暁斎。若い頃から帳面を懐に入れ、気になる古画があれば片端から模写していました。

    若き日に女中の尻を追いかけて叱責されたというエピソードが残る暁斎。絵画制作のために通っていた福岡藩の霞ヶ関屋敷での出来事ですが、これもその理由は、女中の帯の模様を写生したかったので、という事です。



    《紋画帖》1855-88(安政2-明治21)年(会期中場面替え予定)


    展示ケースにずらりと並んでいるのは、招かれた宴席などで客の注文に応じて即興で描く席画です。

    ジャンルを問わず、何でも描ける暁斎にとって、席画は朝飯前。時間をかけずに一気に書き上げる席画でもは、暁斎の実力は良く分かります。



    (左から)《七福神書画会図》1882(明治15)年頃 / 《走る恵比須・大黒天》1884(明治17)年1月15日(前期のみ展示)


    興味深い展示物として、日記もあります。暁斎は亡くなるひと月前まで絵日記を付けており、画料や支出、訪問先、来客、食事風景など、さまざまなものを描いていました。

    ユニークな内容もあり暁斎の日記は人気が高く、没後に散逸。河鍋家には一枚しか残っていなかったとか。



    《狂斎画日記》1870-71、76(明治3-4、9)年(会期中場面替え予定)


    第2章は「暁斎の勝負どころ 下絵類」。本画を作成する前の段階で描いた下絵類が並びます。

    一般に日本画の制作は、下絵の上に本画用の絵絹や紙を置いて、線を写し取った後に彩色、という工程。下絵は本画のための設計図ともいえ、生々しく残る試行錯誤の跡からは、暁斎の絵に対する思いが透けて見えます。

    《夕涼み美人 下絵》では、最初に縁台に腰掛ける全身を。次に腰や両足を裸体で。最後に美人の顔と、3段階の制作プロセスが分かります。



    《夕涼み美人 下絵》


    《文読む美人 下絵》には胡粉が塗られたり、薄い和紙を貼り重ねるなどで、何度も修正した形跡があります。自らが納得できる構成になるまで、徹底的に追求していった姿勢が伺えます。

    下絵をよく見ると、色指定の文字がある事もわかります。彩色は指示に従って、弟子が施していたと考えられます。



    (左から)《水干をつける美人 下絵》1880(明治13)年4月 / 《文読む美人 下絵》1888(明治21)年頃


    展示室中ほどには、両面に描かれた下絵があります。1879(明治12)年、東京・新富座で上演された歌舞伎狂言『漂流奇譚西洋劇』用の行灯絵の下絵です。

    ストーリーは船の難破で別れてしまった日本の漁師の親子が、西洋各地を経てパリで再会するというストーリー。作者の河竹黙阿弥は、幕末から明治にかけて多大な人気を博した歌舞伎狂言作者で、行灯絵は鳥居清満や月岡芳年らと分担して制作されました。



    《河竹黙阿弥作『漂流奇譚西洋劇』 米国砂漠原野の場 下絵》1879(明治12)年



    《河竹黙阿弥作『漂流奇譚西洋劇』 西洋劇の場 下絵》1879(明治12)年8月15日


    展覧会のメインビジュアルになつているのは《鳥獣戯画 猫又と狸 下絵》。最近になって、「猫又と狸」図に繋がる「鼠」を描いた2枚の下絵断片がある事がわかりました。

    踊る猫又(尾が2本ある猫の妖怪)と狸たち。その上には蝋燭のあかりを差し出す2匹の鼠がいる事から、暗がりの場面という事がわかります。不気味な目つきの猫又ですが、懸命のポーズはユニークです。



    (左から)《鳥獣戯画 猫又と狸 下絵》 / 《鳥獣戯画 梟と狸の祭礼行列 下絵》


    最後は第3章「暁斎の遺産 絵手本」。暁斎は簡単には弟子を受け入れませんでしたが、ひとたび門下に迎えると熱心に指導しました。自らが狩野派での修業時代に多くの粉本(手本)から学んだ事から、暁斎自身も弟子のために数多くの絵手本を作っています。

    《中国神仙図巻》は、達磨、大黒天、浦島太郎、鍾馗、諸葛孔明など、中国や日本の伝説・歴史上の人物など14図。《動物図巻》は麒麟、唐獅子、狸、狼、猿など伝説上と実在の動物が、熟練の筆致で描かれています。

    暁斎は年末の忙しい時でも、弟子に絵手本を求められれば、即座に応じていたと伝わります。



    《中国神仙図巻》1875-76(明治8-9)年(会期中場面替え予定)


    《動物図巻》1878(明治11)年(会期中場面替え予定)


    《人物動態 男女・子供 絵手本》は、人体骨格を正しく把握し、裸体を描いてからその上に服を描く「着服図法」を用いた絵手本です。この手法で鍛錬する事により、どんなポーズども違和感なく描けるようになります。

    着服図法は、円山応挙や初代歌川豊国の作例にも見られますが、暁斎は応挙をよく研究していました。



    《人物動態 男女・子供 絵手本》(前期のみ展示)


    開催前からSNSでの反響が高かった本展。本来予定されていた海外展の代替として急遽企画されたものですが、河鍋暁斎記念美術館が全面的に協力し、半年間と言う異例の短期間で実現に至りました。

    前後期で一部の作品が展示替えされますので、ご注意ください。作品はすべて河鍋暁斎記念美術館の所蔵です。


    [ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2020年11月27日 ]

    第1章「描かずにはいられない 写生・模写・席画等」
    (左から)《河竹黙阿弥作『漂流奇譚西洋劇』 パリス劇場表掛りの場 下絵》1879(明治12)年》 / 《河竹黙阿弥作『漂流奇譚西洋劇』 パリス公園地の場 下絵》1879(明治12)年8月12日
    (左から)《女達磨図屛風》 / 《鯉の滝登り(合筆=柴田是真)》1886(明治19)年頃(前期のみ展示)
    第3章「暁斎の遺産 絵手本」
    会場
    東京ステーションギャラリー
    会期
    2020年11月28日(土)〜2021年2月7日(日)
    会期終了
    開館時間
    10:00 - 18:00
    ※金曜日は20:00まで開館
    ※入館は閉館の30分前まで
    休館日
    月曜日(1/11、2/1は開館)、年末年始(12/28~1/1)、1/12(火)
    住所
    〒100-0005 東京都千代田区丸の内1-9-1 JR東京駅 丸の内北口 改札前
    電話 03-3212-2485
    公式サイト http://www.ejrcf.or.jp/gallery/
    料金
    一般 1,200円 高校・大学生 1,000円
    中学生以下無料
    障がい者手帳等持参の方は100円引き(介添者1名は無料)
    ※原則として入館券はローソンチケットで販売
    展覧会詳細 「河鍋暁斎の底力」 詳細情報
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