自国の利益が優先される風潮に加え、新型コロナウィルスの影響もあって、私たちの社会から急速に「つながり」が失われています。そもそも他者は、自分とは異なる背景をもつ存在。自分ごととして他者を理解するためには「翻訳」(Translation)が欠かせません。
言語はもとより、手話やジェスチャーなどの身体表現、さらには人と動物そして微生物とのコミュニケーションに至るまで、さまざまな「翻訳」のあり方を紹介する展覧会が、21_21 DESIGN SIGHTで開催中です。
会場の21_21 DESIGN SIGHT
展覧会には多くの作品が紹介されていますが、ここでは気になった作品、数点をご紹介しましょう。
《ファウンド・イン・トランスレーション》は、Google Creative Lab+Studio TheGreenEyl+ドミニク・チェンの作品。大小さまざまのディスプレイが並ぶ部屋に、中央にマイクが立っています。
来場者がマイクの前に立つと「今朝食べたものは?」「最近楽しかった事は?」など問いかけられます。マイクで答えると、回答がさまざまな言語に翻訳されて、ディスプレイに映し出されます。
ディスプレイの大小は、その言語を使用している人の数に応じて設定されており、中国語や英語は大きなディスプレイで表示されます。
現在、Google翻訳は108の言語に対応していますが、地球上で話されている言語は7000近くあるそうです。
Google Creative Lab+Studio TheGreenEyl+ドミニク・チェン《ファウンド・イン・トランスレーション》
《...のイメージ》は、手話を翻訳してデジタル映像にする作品。「雨が降る」「雲がうまれる」「飛行機が飛ぶ」を、日本手話で表すと、指と手の動きをセンサーが感知して、目の前に造形が描かれます。
手を動かすスピードや向きにも反応するので、たくさん雨が降ったり、飛行機が向きを変えたりと、造形も変化。音の言語では名詞や動詞は分けて表されますが、視覚の言語では一体になって表現されていきます。
和田夏実+筧 康明《...のイメージ》
《Ontenna(オンテナ)》は、音が聞こえない聴覚障がい者でも音を感じる事ができるデバイス。周囲の音を捕まえて、256段階の振動と光の強さに変換します。
クリップ状の小さなデバイスのため、髪や耳たぶ、えり元などにも付ける事ができるのが特徴的で、音の特徴をからだで直観的に感じる事ができます。
以前に別の展覧会でも見た事がありますが、とてもユニークな発想、かつ、可能性を秘めた製品だと思いました。デザイナーの本多達也氏が学生時代から研究開発を進め、現在は富士通で販売されています。
本多達也《Ontenna(オンテナ)》
続いては、微生物との対話。日本が誇る発酵食品のひとつ「ぬか床」には、100種類以上の微生物がいるそうです。
ぬか床をかき混ぜて野菜を漬けると、人の手に宿った菌と微生物が反応し、豊かな味を作りだす事ができます。
内蔵されたさまざまなセンサーにより、菌の発酵状態を確認して教えてくれる「ヌカボット」。「そろそろかき混ぜれば?」などと応じるさまは、人間と微生物との対話そのものといえます。
Ferment Media Research《NukaBot v3.0》
展覧会ディレクターを務めたのは、情報学研究者のドミニク・チェン氏。「翻訳はコミュニケーションのデザインである」というのは氏の考えです。
コロナの終息が見通せない中、「新しい生活様式」はまだまだ続くでしょう。さまざまな翻訳のあり方を知る事は、他者への理解を深めるきっかけになるかもしれません。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2020年11月5日 ]