人は人生のさまざまな局面で「ケア」を受け、また「ケア」を施す機会に直面します。哲学者エヴァ・フェダー・キテイが「どんな文化も、依存の要求に逆らっては一世代以上存続することはできない」と述べるように、「ケア」は社会の根幹に位置づけられるべき概念のひとつと言えるでしょう。しかし、社会における「ケア」は、合理主義や生産労働を優先する近代社会の形成において長らく抑圧され不可視なものとして扱われてきました。近代的家族規範では女性が「ケア」にかかわる労働の主な担い手とされ、産業構造が劇的に変化した現代においてもジェンダーに基づく規範や格差は市場や社会に根強く残っています。その一方、新自由主義の潮流下では社会構造における自己決定や自己責任が強調され、生きるための「ケア」を自己責任化する風潮が強まっています。このような趨勢のなか、アーティストたちは同時代の社会を観察し、ときには「ケア」当事者としての経験を交えながら、「自己と他者の境界の曖昧さのなかでの葛藤」(ファビエンヌ・ブルジェール)を抱える声に耳を傾け、多彩な芸術作品を通してその「葛藤」の意味を世に問い掛けてきました。
本展では、同時代の芸術表現によるエンパワメントの可能性を模索するとともに、地域に根差した文化施設として公的領域と「ケア」のつながりを強め、実践性を伴った場づくりを試みます。作品展示から展示空間のつくり方、関連プログラムに至るまで、「ケア」と社会のつながりを問い直す展覧会となることを目指します。