障子や襖に描かれた障壁画、床の間を彩る花器や掛け軸。日本の美術には生活空間の中から生まれたものが少なくありません。
ただ、住宅から和室はなくなりつつあり、生活の近くにあった美術も、ミュージアムの展示ケースの中に。古美術とはすっかり縁が遠くなってしまいました。
本展では、日本美術の愉しみ方に焦点を当てた企画。日本ならではの美意識に根ざした作品を、平易な言葉で解説していきます。
(奥)円山応挙《青楓瀑布図》江戸時代 天明7年(1787) 以降作品は全てサントリー美術館蔵[全期間展示]
会場は第1章「空間をつくる」からで、冒頭には展覧会メインビジュアルでもある円山応挙《青楓瀑布図》。迫真の描写も見どころですが、注目して欲しいのはそのサイズ。縦は180センチ近くと、実物大といえる大きさです。これだけの大きさの滝が飾られたなら…と、その空間を想像する事で、日本美術の楽しみ方が広がります。
薄(すすき)が生い茂る東国が描かれているのは《武蔵野図屛風》。この屏風を立てると、室内に薄野が広がり、遠景には東国のシンボル・富士山が。まるでワープしたかのように、異空間が生まれます。
第1章「空間をつくる」 《武蔵野図屛風》江戸時代 17世紀[全期間展示]
第2章は「小をめでる」。“カワイイ”文化は、今では世界的になりました。私たちは昔から、小さいものを愛おしく思う意識があったようです。
江戸時代後期、上野の不忍池近くにあった七澤屋が作った雛道具は、超人的な技術でつくられた精巧さ。標準サイズの作品と並べて展示されているものもあるので、比べてお楽しみください。
第2章「小をめでる」 (左から)《虎渓三笑蒔絵棚》桃山時代 17世紀 / 七澤屋《雛道具のうち 牡丹唐草文蒔絵厨子棚》江戸時代 19世紀[ともに全期間展示]
第3章は「心でえがく」。日本美術の中には、どう見ても上手とはいえない絵にも関わらず、大切に伝えられてきたものが少なくありません。
2冊の絵本《かるかや》は、室町時代の作品。説教節(民衆の語り物芸能)のテキストに絵を加えたものです。出家した男と、父を知らずに育ったその息子のストーリーですが、人物も建物も脱力感あふれる描写。現在の感性なら「ヘタウマ」ですが、なぜか独特の味わいを感じるのも事実です。
第3章「心でえがく」 《かるかや》下冊 室町時代 16世紀[全期間展示]
階段を下がって、第4章は「景色をさがす」。展示空間の美しさも目を引きます。
「景色」は、やきものの表面に見られる表情のこと。釉薬と炎によって偶然生まれます。やきものを360度見まわしながら、最も美しく見えるポイントを見つけるのが「景色をさがす」という事です。
《旅枕花入》は、信楽の花入。壁や柱に掛けるため裏側に穴があいていますが、所有者が自分にあった正面を見つけると、新たに穴をあけ、今までの穴は塞いでしまいます。この花入には、いくつもの穴の跡が残っています。
第4章「景色をさがす」
第5章はダジャレのようですが「和歌でわかる」。かつての日本人は動物でも和歌を詠むと考えるほど、和歌は生活に身近な存在でした。吉野=桜、龍田川=紅葉と、和歌は美術のイメージソースにもなっています。
展示されている作品の中には、絵の中に文字を溶け込ませて、分かりにくくしているものも。このような手法は葦手(あしで)と呼ばれます。わずかなモチーフから主題を読み解いていくのは、知的な謎解き遊びです。
第5章「和歌でわかる」 (右手前)仁阿弥道八《色絵桜楓文透鉢》江戸時代 19世紀[全期間展示]
最後の第6章は「風景にはいる」。風景画には、人物の姿を小さく描かれたものがあります。その人物になったつもりで絵を見ていくことで、一歩進んだ鑑賞体験が楽しめます。
例えば、谷文晁の《楼閣山水図》。奇怪な巨石と樹木に囲まれ、豪華な楼閣がそびえる秘境。楼閣を目指すように指差す、杖を持つ老人と若い従者。そして楼閣には、欄干に手をかけて下界を眺めている老人。それぞれの目線で風景を眺めると、山の険しさから、その道のりを歩いていく時間の長さまで、思いを馳せることができます。
第6章「風景にはいる」 (左から)谷文晁《楼閣山水図》江戸時代 文政5年(1822) / 雪舟等楊《摘星楼図》室町時代 15世紀[ともに全期間展示]
日本美術にあまり詳しくない方でも楽しめる展覧会。会場は一般の方も撮影いただけます。
学芸員へのインタビュー記事なども楽しい図録もオススメ。サントリー美術館としては珍しく、本棚に置きやすいA5サイズです。
※会期中に展示替えがありますので、ご注意ください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2020年9月29日 ]