古くから、独特の工芸文化が発展した日本。変化に富む地形と四季折々の気候、そして私たち自身の自然観が、各地に特徴的な工芸を育んできました。
本展は82名の作家による、現代の工芸作品を紹介する企画展。伝統的な素材や技法を踏まえつつ、作家の自由な感性によって生まれた、多彩な表現が見どころとなります。
まずは、会場のエントランスから。
《截金飾筥「静夜思」》(きりかねかざりばこ せいやし)は、桐の被せ蓋の方形箱。李白の詩「静夜思」から着想し、月が万象を優しく照らすイメージを、金とプラチナの截金装飾で表現しました。江里朋子(1972-)は母・江里佐代子のもとで截金を修業。現代的な感性で、清新な創作を行っています。
(右手前)江里朋子《截金飾筥「静夜思」》2018年 個人蔵
会場は4章立てですが、素材や技法で分類するのではなく、色を中心とした四つのニュアンスで構成。異なる分野の作品が並ぶのもユニークな試みです。右手に進んで、第1章は「金は永遠に光り輝き、銀は高貴さに輝く」。金や銀が目立つ作品が並びます。
《象嵌朧銀花器「チェックと市松」》(ぞうがんおぼろぎんかき)は、朧銀で鋳造した金属器。風呂敷で物を包む際、角を対角線に結ぶ、その一瞬のかたちの美しさから着想しました。中川衛(1947-)は、加賀象嵌の高橋介州に師事。伝統工芸を主体に活動し、2004年に重要無形文化財「彫金」保持者の認定を受けています。
《金襴手彩色鉢》(きんらんでさいしきはち)は、九谷焼に金彩技法を施した作品です。𠮷田幸央(1960-)は父・吉田美統に師事して修業。九谷焼の白磁の地に清新な色調を塗り重ね、金彩を焼き付ける金襴手彩色を得意としています。繊細で手間暇のかかる金襴手を現代の生活に持ち込むため、独自の表現を追求しています。
(左手前)中川衛《象嵌朧銀花器「チェックと市松」》2020年 個人蔵
𠮷田幸央《金襴手彩色鉢》2018年 個人蔵
2階に進み、第2章は「黒はすべての色を内に吸収し、白はすべての光を撥する」。黒・白のモノトーンが主体です。
《神々の座「出雲」》は、金属のようにもみえますが、白磁の作品。神無月に神々が集うとされる出雲をイメージした、社殿の造形です。山岸大成(1956-)は日展を主体に活動。白磁による創作を追求し、神々への畏敬を社殿のかたちにした、精神性の高い作品を発表しています。
《色絵雪花薄墨墨はじき 雪松文蓋付瓶》(いろえせっかうすずみすみはじき ゆきまつもんふたつきびん)は、雪の結晶の薄墨墨はじき紋様を背景に、常緑の黒松に純白の雪が降り積もる模様を描いた有田焼。白抜きの「墨はじき」技法は、江戸期から伝わる技術です。今泉今右衛門(1962-)は、前衛陶芸の鈴木治に師事した後、父・十三代今右衛門のもとで修業。2014年に、国の重要無形文化財「色絵磁器」保持者に認定されています。
(左手前)山岸大成《神々の座「出雲」》2017年 個人蔵
(手前)今泉今右衛門《色絵雪花薄墨墨はじき 雪松文蓋付瓶》2019年 個人蔵
中央のホールを抜けて、第3章は「生命の赤、自然の気」。赤や茶など、暖色系の作品です。
《尾白薔薇羽太大皿》(おじろばらはたおおざら)に描かれている魚は、南海の尾白薔薇羽太(ミーバイ)。色土の象嵌で表現しています。今井政之(1930-)は日展を主体に活動。年間に数枚、制作を続けている大皿では、窯から設計し、「皿から飛び出してきそうな」生命感を表現したいと考えています。
《流紋―2018》(りゅうもん―2018)は、波のうねりと激しく岩に打ちつける波しぶきを竹工芸で表現した、シリーズ作品です。本間秀昭(1959-)は父・本間一秋に師事して竹工芸の道へ。日展で活動するほか、アメリカ各地で作品発表やデモンストレーションを積極的に行っています。
(左手前)今井政之《尾白薔薇羽太大皿》2019年 個人蔵
(右手前)本間秀昭《流紋―2018》2018年 個人蔵
ふたたび1階に降りて、最後の第4章は「水の青は時空を超え、樹々と山々の緑は生命を息吹く」。青・緑と、寒色系の作品です。
《硝子絹糸紋鉢「夕陽」》(がらすきぬいともんはち せきよう)は、和紙を透かしたような柔らかい夕の光を映す、ガラスの平鉢。安達征良(1969-)は、ガラス素材のもつ柔らかい表情に着目。切子技法を主に、ややマットな器胎に手彫りで揺らぐ筋文を連ねるなど、さまざまな技法を追求しています。
《遙かな道》は、天正遣欧少年使節の一人をモデルにした人形。ヨーロッパの地図を片手にした、凛々しい表情が印象的です。中村信喬(1957-)は人形師の父・中村衍涯のもとで修業し、林駒夫に師事。伝統工芸を主体に活動しています。
安達征良《硝子絹糸紋鉢「夕陽」》2019年 個人蔵
(右手前)中村信喬《遙かな道》2014年 個人蔵
展示空間を手がけたのは、建築家の伊東豊雄。重要文化財である明治期の洋風建築・表慶館に、日本の自然観を象徴する工芸作品を展示するため、床から立ち上がるような展示台、天板に敢えて用いた人工素材(アクリル)、展示台そのものの緩やかな曲線と、随所に工夫を凝らしています。
観覧はオンラインによる事前予約(日時指定券)が必要。中学生以下など、無料の方もオンラインでの「日時指定券」の予約が必要です。お気を付けください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2020年9月24日 ]