印刷技術の進歩にともない、本も雑誌も挿絵がついていたヴィクトリア時代。絵本は表紙がカラー印刷、中は手彩色が定番の中で、全ページカラー刷りのトイ・ブック(簡易なつくりの絵本)を生み出したのがクレインと彫版師のエヴァンズ(後述します)。現代の絵本の基礎とされ、高く評価されています。
4章構成の展覧会ですが、メインといえるのが第1章。トイ・ブックは、ここで紹介されています。
初期の作品は色数も限られていましたが、浮世絵に出会った事で大きく飛躍。力強い輪郭線、鮮やかな色彩、装飾的な構成と、独自の様式を確立していきます。
大きな特徴は、画面全体に及ぶビッチリとした装飾。ざっと140年前に印刷されたとは思えないほどの鮮やかな色彩もあり、強い印象を与えます。
ちなみに聞きなれない「木口木版」は、版木の違い。日本の浮世絵は板目木版でバレンで摺りますが、硬い木口木版はプレス機で印刷します。
1章「クレインのトイ・ブック」クレインを絵本の世界に導いたのが、彫版師のエドマンド・エヴァンズです。エヴァンズは出版プロデューサーでもあり、2章ではエヴァンズと組んで同時代に絵本を手掛けていた2名の作品も紹介されています。
元は銀行事務員だったランドルフ・コールデコットは、ユーモラスな表現。ケイト・グリーナウェイは彫版師の娘で、女性らしい柔らかな描写です。クレインと比較すると、ともにややあっさりしており、逆にクレインの「ビッチリさ」が目立ちます。
2章「カラー絵本の仕掛け人エヴァンズとコールデコット、グリーナウェイの絵本と挿絵本」1876年、クレインは出版社との意見の対立によりトイ・ブックから手を引き、挿絵本を手掛ける事となります。
3章では、美しく装飾した楽譜に挿絵を入れた童謡集、シェイクスピアのモノクロ挿絵本、読み・書き・算数を学ぶための絵本の合作、擬人化した花をテーマにしたフラワー・シリーズなどが紹介されています。
後年の作品はリトグラフや写真製版に変わった事もあって、木口木版時代の「画面全体のビッチリ装飾」からは離れますが、洗練された描写は見事です。
3章「本をデザインする――クレインの挿絵本の仕事」最後の4章はクレインの素顔について。クレインはデザインの教本を執筆したり、デザイナーとして本の見返しをデザインするなど、多方面で活躍しました。
ジャポニスムとの関わりについてもここで紹介。《1、2、靴の留金とめて》は、作中に描かれている浮世絵の元ネタが並べて展示されています。
また、クレインは社会主義者でもありました(ウィリアム・モリスの影響です)。啓蒙活動のためにパンフレットや挿絵なども手掛けています。
4章「クレインの素顔」クレインは若い頃にラファエル前派から影響を受けていた事もあり(挿絵がジョン・ラスキンに認められた事もあります)、人物描写にはラファエル前派の雰囲気も。また、豊かな装飾性はミュシャに通じる部分も感じました。
ウィリアム・モリスの活動やラファエル前派の流れで紹介される事はあっても、ウォルター・クレインをクローズアップした企画展は日本で初めて。滋賀県立近代美術館からの巡回で、千葉展で終了となります。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2017年4月6日 ]■ウォルター・クレインの本の仕事 に関するツイート