久隅守景は江戸時代初期に活躍した、狩野派出身の絵師。狩野探幽(諱は守信)の門下の中で特に優秀で、探幽四天王の筆頭と目されるほどでした。探幽の姪と結婚し、師の諱の一字をもらって守景と名乗っていることから、狩野派一門の中でも重要な地位にいたことが推測されます。
存命中から守景は人気がありましたが、出自や家系、生没年など、詳しいことが分かっていません。作品にも年期を記さなかったため、画業の詳細も不明。謎の部分が多く、研究がなかなか進まないこともあり、大規模な回顧展が関東で開催されるのは今回が初です。
展示室入口から守景は多岐にわたる作品を手がけましたが、中でも農民風俗を描いた作品が有名です。耕作図は農民たちの姿に領民を重ね合せて、将軍や大名たちが自らの戒めとする画題。
ここでは、ぜひ細かな人物の描写までご注目ください。子どもたちや動物など、どこか可愛らしい、のどかな雰囲気が全体に漂っています。
四季耕作図は解説パネルも用意されています。じっくりお楽しみください。守景の代表作である国宝《納涼図屛風》は、その成果が結集した傑作といわれます。墨一色に見えますが、男の着物や女の口紅にはほんのり色が。穏やかな夏の夕暮れの色彩が豊かに感じられます。
守景には2人の子どもがおり、ともに父と同じ狩野派の絵師になります。しかし、娘の雪信は同門の絵師と駆け落ち、息子の彦十郎は悪所通いが祟って勘当、後に佐渡へ島流し。身内の不祥事に責任を感じ、守景はその後探幽のもとを去ったと言われています。
先に紹介した《納涼図屛風》は、守景の晩年の作品。実生活では家族がバラバラになった後に描かれたものです。のんびりと夕涼みを楽しむ家族を、守景はどんな思いで描いたのでしょうか。
探幽のもとを去った後、守景は加賀前田藩に身を寄せ、そこで絵筆をとり続けます。現在も北陸に多くの守景作品が残されています。
第3展示室、「第4章 守信の機知 ─人物・動物・植物」最後の展示室では、守景の子供たちの作品が展示されています。娘の雪信は狩野派随一の閨秀画家として、優美な画風で名を馳せました。息子の彦十郎も佐渡において注文を受けて制作を行っていたことが伝わっています。
娘の雪信は、井原西鶴の『好色一代男』にその名が挙げられるほど、人気絵師となりました。守景唯一の国宝作品である《納涼図屛風》は前期(~11/3)まで。後期からは守景作品にしては珍しい、彩色屛風が登場します。
謎の絵師、久隅守景の画業を総覧することができるまたとない機会となる本展、これをきっかけに守景にさらに注目が高まっていくことが期待されます。
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[ 取材・撮影・文:川田千沙 / 2015年10月9日 ] |  | 日本美術史
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