「戦争画」といえば、多くの人は第二次世界大戦中に描かれた絵画(主に洋画)をイメージするでしょう。「浮世絵の戦争画」というちょっと珍しい企画について、まずは展覧会を担当した
太田記念美術館主席学芸員の日野原健司さんにお話しを伺いました。
太田記念美術館主席学芸員の日野原健司さんここからは、各章ごとにご紹介します。1章は「戦国時代の合戦」。描かれた時期より150年以上前の出来事なので、戦闘の実態よりも絵としての面白さに力点が置かれた浮世絵が目立ちます。
《武田上杉時田合戦之図》は歌川芳虎の作品。弾丸の軌跡を中心に銃撃戦を描いた面白い構図の一枚です。
1章「戦国時代の合戦」2章は「幕末の動乱」。絵師たちが活躍していた時代と重なりますが、社会を乱すような表現は厳しく制限されていたため、源平合戦や戦国の戦いの名を借りながら、現実の戦いを描いています。
2章「幕末の動乱」3章は「西南戦争」。西欧化が進んで従来の浮世絵が求められなくなる中、絵師たちは報道画に活路を見出します。戦いの現場が中央から遠く離れていた西南戦争は、恰好の題材で、多くの絵師がこの戦いを手掛けています。ただ、現実とはかなり異なる描写も多く、武者絵の延長線上のような表現も見られます。
3章「西南戦争」4章は「日清戦争」、ここからは舞台は国外になります。戦艦が激突した海戦は、日本が初めて経験した近代戦争。多くの艦船が登場する浮世絵も描かれ、従来とは様相がだいぶ変わってきます。
傑作なのが、進斎年光の《鴨緑江沖之大海戦》。海面下でも激戦が繰り広げられており、素潜りで格闘したり、潜水服の兵士(南部ダイバー?)が斧と刀で切り合ったりと、その想像力には感服します。
4章「日清戦争」5章は「日露戦争」。尾形月三《遼陽之役敵将黒鳩公戦略齟齬シ総軍大ニ敗ル公勇奮自ラ陣頭ニ立テ血戦ス》は、ロシア満州軍総司令官アレクセイ・クロパトキン(黒鳩公)を描いた一枚です。
日露戦争は、国家の存亡をかけた戦い。出版されたのは戦争の真っただ中にも関わらず、敵将を絵の主役として凛々しい姿で表現しているのは、かなり意外に思えます。
5章「日露戦争」これ以降は浮世絵そのものが下火になるため、
太田記念美術館が紹介できる戦争画はここまで。この時代以降の戦争画を紹介する企画展は、他館で続けて欲しいという意図も込められています。
絵師たちの想像力の逞しさに感嘆するとともに、社会と美術の関わりについても考えさせられる好企画。特別展ではないため大きな宣伝はしていませんが、見ておかなければならない展覧会といえるでしょう。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2015年6月30日 ]