野口哲哉さんは1980年生まれ。まだ30代半ばですが、その作品は国内外にコレクターを持つなど、今、注目を集めている若手美術家のひとりです。
会場に並ぶのは、鎧武者の立体造形や絵画です。表現は極めて写実的ですが、時代と合わないアイテムを持ったり、独特のポーズをしていたりと、空想と史実が入り混じった世界が広がります。
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会場は、実際の甲冑や屏風絵などとともに野口さんの作品を紹介する構成です
野口さんの作品は、架空のストーリーに基づいています。
例えば《Target Marks 1580・1610》は、兜の前立が、的(まと)の形。戦場で目立つことを突き詰めた結果、この形状になりました。
2体の人形は1580年と1610年の武士で、実は同一人物という設定。甲冑のデザインが進化していることに加え、人物も30年ぶん老けています。
この甲冑は、甲冑研究史に残る大著「日本甲冑の新研究」(大正11年刊行)に掲載されていますが、そのページも野口さんの作品。世界観は徹底しています。
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《Target Marks 1580・1610》2009年
野口さんのストーリーは細部まで詰められている事もあり、鑑賞しているうちに史実と空想が混ざってしまう程です。例えば下の動画の作品は…
武者が描かれた板絵《Sleeping Head》には、左側に眠った熊の兜。これは、着用時に覚醒する“付喪様式”です。一方の立体作品《Talking Head》は、甲冑の形式が新しい為、絵に描かれた人物の後継者。兜の表情が尊大なのは、兜が経験を積んだ事で発言力が増したためです。
思わずスッと読んでしまいますが、“付喪様式”の兜など、もちろん存在しません。
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《Sleeping Head》2010年 / 《Talking Head》2010年
南蛮渡来のシャネルのマークを家紋とした甲冑を身にまとったのは“紗錬家(しゃねるけ)”。開祖は“円保5年の文燕之役”での戦功が認められて、主君からシャネルのハンドバッグと共に紗錬姓と紋を許された武士です。具足図は開祖伝来、武将像は甲冑の形式がやや異なるため家中の有力者を描いたものです。
こちらも“円保”という元号はありませんし、もちろん“紗錬家”も創作。実際は、2007年にシャネルで開催された美術展に出品されたものです。
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紗錬家(しゃねるけ)の作品群
作品は非常にユーモラスですが、創作の根源に流れているのは、大河のような「甲冑愛」と、甲冑を慈しんだ先人達への敬意。甲冑に対する真っ直ぐな気持ちを、清々しく感じられました。
練馬区立美術館での開催は4月6日(日)まで。4月19日(土)~7月27日(日)は、アサヒビール大山崎山荘美術館 に巡回します。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2014年2月19日 ]