大正時代から昭和にかけて、絵画や挿絵、装丁のデザインや詩など幅広いジャンルで活躍した竹久夢二(1884-1934)。独学で確立した「夢二式」と称される美人画で人気を博した夢二の生誕140年を記念した展覧会が、東京都庭園美術館で開催中です。
東京都庭園美術館「生誕140年 YUMEJI展 大正浪漫と新しい世界」会場入口
会場では、岡山県の夢二郷土美術館のコレクションを中心に約180点を展示し、日本やアメリカ、ヨーロッパにいたる夢二の活動を追いかけていきます。
入口で目に留まるのは、夢二の油彩画家としての一面が分かる《アマリリス》。現存する夢二の油彩画は約30点と少なく、近年の調査により発見された作品が、東京で初公開となりました。
東京都庭園美術館「生誕140年 YUMEJI展 大正浪漫と新しい世界」会場入口風景
描かれている女性は、当時一緒に暮らしていた職業モデルだった恋人のお葉。髪飾りのようでもあり、アール・ヌーヴォーの影響を感じさせる西洋的なモチーフのアマリリスの花と、日本髪の女性が調和した、夢二ならではの和洋折衷の表現となっています。
《アマリリス》1919(大正8)年頃 油彩、カンヴァス 夢二郷土美術館蔵
幼少期から好奇心が旺盛だった夢二は、19世紀末から20世紀初頭にかけてのヨーロッパ各地で起きた新たな美術の動向にも敏感に反応します。当時のアーツ・アンド・クラフト運動からアール・ヌーヴォーを経てアール・デコへと目まぐるしく移り行く時代の中でも一貫して「生活の中の美」を追求する在り様に魅せられます。
東京都庭園美術館は、朝香宮家の自邸として建設され、洋と和のモチーフを巧みに融合させた装飾が随所に見られます。まさに夢二が理想とした日常の生活と美術の調和を実現した空間で、夢二の作品世界を味わうことができます。
東京都庭園美術館「生誕140年 YUMEJI展 大正浪漫と新しい世界」会場風景
本館1階に展示されているのは、西洋の文化が取り入れられた昭和初期の様相がうかがえる、二曲一双の右隻の作品です。
「モダンガール」と称された、最先端の流行であったショートヘアにモダンなワンピース姿で頬杖をついている女性。十字架模様のテーブルクロスやティーカップなどからも、夢二らしいデザインへのこだわりが見られます。
《憩い(女)》昭和初期 絹本着色 夢二郷土美術館蔵
2階の展示室では、夢二の最初期の油彩画が飾られています。島崎藤村の詩「初恋」から着想を得た、恋に悩む青年とその想い人の少女が描かれています。視線の合わない人物の配置は、夢二がたびたび描いた構図でもあり、すれ違う心を表しているかのようです。
《初恋》1912(大正元)年 油彩、カンヴァス 夢二郷土美術館蔵
新館では、歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』の一幕をモチーフとした、夢二の制作した中でも最大級の作品が展示されています。画面には、主君の仇討ちを胸に秘めながら祇園に通う大石内蔵助が、その真意を隠すために遊女と戯れる場面が描かれています。
江戸時代に起こった史実をもとに創作された人気エピソードを、夢二の特徴と言える華やかなデザインの着物やS字の構図で表現しています。
《一力》1915(大正4)年 絹本着色 夢二郷土美術館蔵
「夢二式」と呼ばれる美人画が誕生したのは、明治末の1907(明治40)年。新聞や雑誌などの新しいメディアにより、夢二の挿絵や口絵が広まっていきました。
大正時代にはレコード盤の普及やラジオ放送の開始により、人々が手軽に音楽を楽しめるようになります。夢二は、日本や世界各国の歌曲、民謡、軍歌など様々な楽曲を収めた『セノオ』をはじめ、270点以上の装丁を手掛けました。
3章「日本のベル・エポック―「夢二の時代」の芸術文化」
1931年から1年4か月に及ぶ欧米への旅に出た夢二。ハワイを経由し西海岸で描いた《西海岸の裸婦》は、サンフランシスコで世話になった日系人の写真家のもとに残した大作で、第二次大戦後にも奇跡的に残ったものです。
憂いを含んだ印象的な目と表情、透き通るような白い肌やデフォルメされた身体から、夢二の新たな画境への挑戦が見られます。理想の女性像を追い求めた夢二式美人の真骨頂であり、現存する油彩画の中で金髪の外国人女性の裸婦を描いた作品はこの1点のみです。
(右)《西海岸の裸婦》1931-32(昭和6-7)年 油彩、カンヴァス 夢二郷土美術館蔵
その後、ヨーロッパにも滞在した夢二。常に持ち歩いていたスケッチブックには、風景や人物、看板や様々なデザインの模写など夢二の関心が率直につづられています。《西海岸の裸婦》につながる外国人女性の裸婦のスケッチも積極的におこなっているだけでなく、街に暮らす人々の何気ない一瞬を夢二特有の線描で素早く捉えていることが分かります。
5章 夢二の新世界―アメリカとヨーロッパでの活動―1931-1934年
5章 夢二の新世界―アメリカとヨーロッパでの活動―1931-1934年
没後90年が経った今なお多くの人を魅了している竹久夢二ですが、初公開となった作品など新たな視点から夢二の魅力を感じることができるのではないでしょうか。
展覧会は、岡山県の夢二郷土美術館、大阪のあべのハルカス美術館のほか、全国を巡回する予定です。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 2024年5月31日 ]