愛知県美術館で「アブソリュート・チェアーズ 現代美術のなかの椅子なるもの」が始まりました。展示作品は、戦後から現代までの幅広いジャンルから選ばれた約80点です。
おしゃれなデザインの椅子の展覧会ではなく、日常で使う椅子にはない極端なあり方、逸脱したあり方により、私たちの思考に揺さぶりをかけようとする展覧会です。
会場入口
展覧会のポスターに掲載されたコンテンポラリー・ダンスの1場面と、多数の椅子を組み合わせたベンチのような作品に興味を惹かれ、見に行ってきました。
展覧会ポスター
展示は、椅子の機能にまつわるテーマごとに5つの章に分かれています。それでは、順番に見ていきましょう。
第1章 美術館の座れない椅子
展示の冒頭には、見た目にも座れなさそうな椅子が並んでいます。手前のデュシャンの《自転車の車輪》は、車輪をどければ座れそうですが、左奥の草間の《無題(金色の椅子のオブジェ)》は、椅子全体から多数の突起物が生えており、すでに椅子の機能を失っています。
本展のタイトルには「チェアーズ」とありますが、「椅子」ではないものがたくさん展示されていますよ、という予告のように感じました。さて、「アブソリュート(究極)」な椅子とは、どのようなものなのでしょうか。
手前 マルセル・デュシャン《自転車の車輪》1913/1964 京都国立近代美術館 左奥 草間彌生《無題(金色の椅子のオブジェ)》1966 高松市美術館
ジム・ランビーの《トレイン イン ヴェイン》も座れない椅子です。切断された木製椅子や、鏡の破片でキラキラと輝くハンドバックなど、たくさんのパーツをつなぎあわせ、大きなベンチのような形になっています。
「元」椅子の連なりの中に多数のハンドバッグがあることから、その椅子に座っていた人々(おそらく女性たち)のにぎやかなおしゃべりの様子が想像できます。一方、現在の静けさとのギャップから、人々の不在を強く感じさせる作品です。
ジム・ランビー《トレイン イン ヴェイン》2008 公益財団法人アルカンシエール美術財団/原美術館コレクション
第2章 身体をなぞる椅子
ハンス・オプ・デ・ビークの《眠る少女》は、ソファで眠り込んだ少女がモデルです。おそらく家族に毛布を掛けてもらい、気持ちよく眠りこんでいる、ごくありふれた日常の1場面です。少女はどのような夢を見ているのでしょうか。ひょっとすると、作品自体が夢の中の情景なのかもしれません。とはいえ、モデルが眠る少女なので、どこから眺めればいいのか、少し戸惑いました。
ハンス・オプ・デ・ビーク《眠る少女》2017 タグチアートコレクション/タグチ現代芸術基金
第3章 権力を可視化する椅子
奇妙な形の椅子が展示されています。クリストヴァオ・カニャヴァート(ケスター)の《肘掛け椅子》です。よく見ると、銃の部品を椅子の形に整えています。作家の母国、モザンビークでは長らく内戦が続き、銃を含む多くの武器が国内に流入し、人々の間に残りました。それらの武器を回収するために「銃を鍬に」というプロジェクトが立ち上がり、そのプロジェクトから、この椅子は生まれました。本作は、体を休めるための椅子の形をしていますが、銃の持つ暴力性、死の恐怖を体現しています。
さらに、ウォーホルの《電気椅子》のシリーズが背景にあることで、有無を言わせぬ強権的な死のイメージを強めています。
手前 クリストヴァオ・カニャヴァート(ケスター)《肘掛け椅子》2012 国立民族学博物館、奥 アンディ・ウォーホル《電気椅子》1971 滋賀県立美術館
第4章 物語る椅子
宮永愛子の《waiting for awakening -chair-》は、床面から照らされ、内部から発光しているかのような美しさがあります。巨大なアクリルの塊の中には、ナフタリンで形作られた椅子が収められています。
最初の印象は、椅子に座っていた人の記憶を封じ込めた作品というものでしたが、作品タイトルにある「waiting(待つ)」という言葉を読み、少し考えが変わりました。おそらく、椅子に座っていた人の記憶は未来に対して開かれているのではないか、遠い未来、誰かがこの椅子に腰かける日が来るのではないか、そのようなイメージが浮かんできます。
宮永愛子《waiting for awakening -chair-》2017
第5章 関係をつくる椅子
ミシェル・ドゥ・ブロワンの《樹状細胞》は、多数の会議用椅子を大きな球形にまとめたものです。座面を球形の内側、脚を外側に向けているので、座ることはできません。見方によっては、多数のアンテナを備えた通信衛星か、電子顕微鏡で撮影したウィルスのようにも見えます。
先に巡回した埼玉県立近代美術館では明るいロビーに展示されていましたが、愛知県美術館では、控えめな照明とスポット・ライトで作品のシルエットを大きく見せています。こちらの展示のほうは、作品の持つ不穏な雰囲気をより強調した展示になっています。
ミシェル・ドゥ・ブロワン《樹状細胞》2024
《Re:ローザス!》は、椅子に座った人々が、座ったまま、コミカルなダンスを繰り広げる映像作品です。ベルギーを拠点とするダンス・カンパニー、ローザスのダンスの振り付けのレクチャーの一部が公開され、このダンスを踊る映像が募集されました。投稿された700本近い映像の中から選ばれた一部をインスタレーションとして構成したものが本作です。
本展の最後に、「チェアーズ」を椅子らしく取り扱う本作を配置することで、「チェアーズ」の本質に立ち戻ることができたように思いますが、皆さんはいかがでしょうか。
ローザス《Re:ローザス!》2013-2024(継続中)
ミュージアムショップ
本展に出品している副産物産展(山田毅と矢津吉隆が進める資材循環プロジェクト)の椅子や鏡、ペン立てやキーホルダーなどが取り扱われています。そういえば、展示室の中にもショップに並ぶ椅子と同じく、天板が丸形の椅子が展示されていました。こちらの椅子は、もちろん座ることも、購入することもできます。
ミュージアムショップ
コレクション展
同時開催の2024年度第2期コレクション展では、令和5年度に新しく収蔵されたレオノーラ・キャリントンの作品が展示されています。キャリントンは、シュルレアリスムの女流画家として有名ですが、その他に彫刻、小説の分野でも活躍しました。そのようなキャリントンの作風に強い影響を与えたのが、右隣に展示されているマックス・エルンストです。
第2次世界大戦をはさむ激動の時代、その一時期を共に過ごした2人の作品が並んで展示されているのを見ると、感慨深いものがあります。愛知県美術館は、着実に貴重なコレクションを充実させているようです。
左から レオノーラ・キャリントン《ウルでの狩り》1946頃 マックス・エルンスト《ポーランドの騎士》1954
[ 取材・撮影・文:ひろ.すぎやま / 2024年7月17日 ]