名古屋市美術館で「生誕130年記念 北川民次展-メキシコから日本へ」が始まりました。
北川は静岡県出身、アメリカで美術を学び、その後メキシコで約15年間、画家、美術教育者として活動しました。帰国後は、東京と瀬戸(愛知県)を拠点に活躍しました。
本展では、北川の作品だけでなく、北川と交流のあった同時代のメキシコの作家たちの作品も紹介され、時代の空気感を感じられます。また、約30年ぶりとなる大規模な回顧展ということで、絵画だけでなく、北川が手掛けた絵本や壁画なども紹介され、多彩な活動の魅力に触れることができます。
会場入口
名古屋市美術館の作品収集方針のひとつに「メキシコ・ルネサンス」があります。これは、愛知にゆかりのある北川民次との関係から立てられたものです。名古屋市美術館は北川の作品を多数所蔵しており、会場入口の大きなパネルの作品(《トラルパム霊園のお祭り》)も、名品コレクション展(常設展、名古屋市美術館の所蔵する作品を展示)でよく見かける作品です。
第1章「民衆へのまなざし」
《子供を抱くメキシコの女(姉弟)》は、ピンクの服を着た女の子(姉)が赤ん坊(弟)を膝にのせて、子守をしている場面のようです。やさしさに満ちた家族の情景に見えますが、よく見ると姉弟で肌の色に違いがあります。
その隣の《アメリカ婦人とメキシコ女》には、2人の女性が描かれ、一見すると友人同士のように見えますが、右側の女性(アメリカ婦人)はスカーフに首飾り、足元はおしゃれなハイヒール、一方、左側の女性(メキシコ女)は、生成りの服に素足です。
一見すると何気ない風景を描いたようですが、実は当時のメキシコの経済格差や社会問題を鋭くとらえ、鑑賞者に訴えかけているように思います。
左から《アメリカ婦人とメキシコ女》 1935(1958補筆) 郡山市立美術館、《子供を抱くメキシコの女(姉弟)》1935 個人蔵、《トラルパム霊園のお祭り》1930 名古屋市美術館
第2章「壁画と社会」
《メキシコ戦後の図》は、横幅が2m73cmもある大作です。遠方には、白く雪をかぶった山がそびえ、画面中央には草木のない山肌が広がり、手前には、ソンブレロをかぶった大勢の兵士たち、大砲、マゲイが描かれ、大砲の車輪の横には、白い馬の頭部が見え隠れしています。右上に描かれた列車は、先頭のほうが脱線し、建物は壁を残し、屋根が落ちています。
メキシコ内戦を題材に描かれていますが、制作されたのは1938年ですから、戦争に向かう日本の社会情勢も反映しているのではないでしょうか。
左から《メキシコ戦後の図》1938 宮城県美術館、《大地》1939 新潟県立近代美術館・万代島美術館
第3章「幻想と象徴」
《岩山に茂る》は、画面全体が薄いピンク色で、動物の肌の色を思わせます。描かれているものは、細いひものような植物の根が絡み合い、木の幹にへばりついて、ぶら下がっている不思議な場面です。
1939年、海王丸の練習航海に記録画家として同乗した北川は、南洋諸島で本作のもとになるスケッチを描きました。現代からイメージするリゾート地としての南洋とは異質な、得体のしれないものに取り囲まれ、息苦しさに満ちた景色のように見えます。これも、戦争に向かう時代の空気感なのでしょうか。
左から《メキシコ静物》1938 東京国立近代美術館、《岩山に茂る》1940 個人蔵、《南国の花》1940 愛知県美術館
第4章「都市と機械文明」
《瀬戸十景》は、焼き物の街、瀬戸の風景を描いたもので、人々が働いている姿を描いています。これまでに見てきた絵画作品とは異なり、モノクロの版画で、焼き物を作る場面が力強く表現されています。
《瀬戸十景》1937 名古屋市美術館
第5章「美術教育と絵本の仕事」
5章では、画家ではなく、美術教育者や絵本制作者としての北川の残したものが並んでいます。北川が手掛けた絵本 『マハフノツボ』、『ジャングル』『うさぎのみみはなぜながい』の原画や下絵も展示されています。どの絵本も優しい絵柄で描かれていますが、取り扱うテーマは、大人でも通用すると思います。
絵本『マハフノツボ』原画 1941 真岡市教育委員会
ミュージアムショップにて
本展の図録は、展覧会カタログとしてだけではなく、読み物としても、北川民次のことをもっと知りたい方にも楽しめる内容になっています。ぜひお気軽に手に取っていただきたいと思います。
ミュージアムショップ 北川民次展コーナー
名品コレクション展Ⅱ
芥川(間所)紗織の特集展示コーナーが印象的でした。芥川(間所)の生誕100年を機に国内の10の美術館で、本年4月から12月まで、それぞれの美術館が所蔵する芥川(間所)の作品を紹介する「プロジェクト Museum to Museums」が始動しています。東海地方では、名古屋市美術館、豊橋市美術博物館、刈谷市美術館が参加しています。
名古屋市美術館では、大作の《古事記より》をはじめ、〈神話〉、〈民話〉以降の抽象画風の作品も展示されています。この機会に、ぜひ多くの方に見ていただきたい企画です。
[ 取材・撮影・文:ひろ.すぎやま / 2024年6月29日 ]