幕府公認の遊廓・江戸の吉原。約10万平方メートルという広大な敷地に数々の妓楼が軒を連ね、他の遊廓とは一線を画す格式と伝統を備えた場所でした。
吉原における文化と芸術をテーマに、国内外の名品を通して考えていく展覧会が、東京藝術大学大学美術館で開催中です。
東京藝術大学大学美術館「大吉原展」会場入口
まずは吉原入門として、浮世絵などの作品と、それらを大きな映像で解説するコーナーから。
歌川国貞《青楼二階之図》は、実際の妓楼を描いたものではないと思われますが、妓楼内での悲喜交々が詳細に描かれ、とても見応えがあります。
東京藝術大学大学美術館「大吉原展」会場風景
歌川国貞《青楼二階之図》文化10年(1813)大英博物館
喜多川歌麿の《青楼十二時》は、吉原の1日を時間別で描いた作品です。
「酉(とり)の刻」は、午後6時頃。迎えに来た引手茶屋の女性の案内で、妓楼花魁が出るところ、あるいは茶屋に着いたところと思われる場面です。花魁の道中には、かならず見世(店)の紋が入った箱提灯を若い者が持ちました。
(右端)喜多川歌麿《青楼十二時 続 酉の刻》寛政6年(1794)頃 大英博物館
吉原の発祥は、江戸時代初期に遡ります。徳川家康が江戸に幕府を開くと、江戸には労働者が集まるようになり、極端に男性が多い都市として成長。遊女屋が幕府に願い出るかたちで、幕府公認の傾城町(けいせいまち)がつくられることになりました。
1618年(元和4)に、現在の日本橋人形町三丁目付近に誕生。葦が茂った湿地帯を整備したことから「吉原」と名づけられました。1657年(明暦3)に浅草日本堤の「新吉原」に移転してからは、日本橋にあった時代は「元吉原」と呼ばれるようになりました。
(左手前)伝 古山師重《吉原風俗図屏風》江戸時代 17〜18世紀 奈良県立美術館
次回の大河ドラマの主役としても注目を集める蔦重(つたじゅう)こと蔦屋重三郎は、吉原と縁が深い人物です。
そもそも蔦重は、吉原生まれ。吉原の年中行事を紹介するガイドブック『吉原細見』を刊行し、遊女の大首絵を喜多川歌麿に描かせて大ヒットするなど、吉原文化を世に広めていきました。
北尾重政/勝川春章画『青楼美人合姿鏡』安永5年(1776)東京藝術大学附属図書館
吉原は浮世絵の題材としてしばしば描かれ、特に18世紀半ば以降になると、一枚ものの錦絵において、遊女は重要なテーマになりました。
画面内に名前が書かれる場合は、妓楼名、遊女名、禿(かむろ)名の順で記されます。妓楼の主人などがスポンサーになっている場合もあります。
(右手前)鳥高斎栄昌《春駒》寛政5~6年(1793~94)頃 大英博物館
有名な高橋由一の《花魁》は、修復後初公開。制作当時の生き生きとした表現が蘇りました。
当時全盛だった稲本楼の花魁、小稲を描いたもので、はじめて油絵で描かれた花魁の肖像画です。
高橋由ーが作品を小稲に見せたところ、小稲は「妾(わたし)はこんな顔ぢゃありません」と、泣いて抗議したと伝わります。
(左手前)重要文化財 高橋由一《花魁》明治5年(1872)東京藝術大学
上階の展示室に進むと、通路を挟んで展示室が並ぶ構成。仲之町(吉原の中央通り)の両側に引手茶屋が軒を連ねている吉原をイメージした、ユニークな構成です。
東京藝術大学大学美術館「大吉原展」会場風景
通路の奥には約2.5×2.5メートルの巨大な模型。檜細工師・三浦宏による総檜造二階建ての妓楼で、文化・文政(1804~1830)頃の大見世を念頭につくられたものです。
なかには人形師・辻村寿三郎の創作人形23体と、江戸小物細工師・服部一郎の精緻な調度品400点あまりを配置。廓の姿を立体的に実感できます。
辻村寿三郎・三浦宏・服部一郎《江戸風俗人形》昭和56年(1981)台東区立下町風俗資料館
遊女のよそおいは、元吉原時代は京風を手本にしていましたが、新吉原への移転後は、優雅さと大胆さを兼ね備えた江戸吉原特有のファッションとして発展しました。
そのスタイルは錦絵や版本を通じて市井にひろまり、町人女性の髪型やファッションにも影響を与えていたことは、よく知られています。
(手前)《結髪雛形「元禄島田鴎髱」》昭和時代 20世紀 ポーラ文化研究所
幕末に吉原で起きた火災の半数は遊女による放火とされ、なかには劣悪な処遇に抗議する意図もあるなど、吉原という場所は綺麗事だけではすまなかったのは事実です。ただ、遊女を描いた浮世絵には丹念な衣服や髪型の描写が見られ、遊女の装いが市井の人々の注目を集めていたのも、また事実。約250年に渡って続いた吉原と、それを受け入れていたけ江戸の風俗について、多面的に考えていく、恰好の展覧会といえるでしょう。
展覧会は4月21日(日)までの前期と4月23日(火)からの後期で一部の作品が展示替えされます。東京藝術大学大学美術館だけでの開催です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2024年3月25日 ]