2001年からはじまった現代アートの祭典、横浜トリエンナーレ。8回目の今回は、アーティスティック・ディレクターに、北京を拠点に国際的に活躍するアーティストのリウ・ディン(劉鼎)と、キュレーターのキャロル・インホワ・ルー(盧迎華)によるチームを迎えて、いよいよはじまりました。
横浜美術館
メイン会場となる横浜美術館は3年間の工事休館を経て、本展でリニューアルオープン。丹下健三による重厚な建築は、外観こそ変わりありませんが、館内は大きくイメージが変わりました。
建物に入ると目の前に広がる「グランドギャラリー」は、天井から自然光が差し込む空間に改修。人々が自由に行き来できる「じゆうエリア」として、さまざまな色・形の家具が置かれ、美術館を象徴するスペースになる予定です(完成は2025年2月)。
明るい印象になった、横浜美術館「グランドギャラリー」
第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きてる」は、7つの章で展開されています。ただ、1つの章が複数の展示室にまたがってるところもあります。
展覧会の冒頭は「いま、ここで生きてる」の章。災害や戦争などによる非常事態は、わたしたちの日常のすぐそばにあり、ここではそれらの危機を象徴的に表す作品を紹介しています。
ピッパ・ガーナーは、 消費社会の中で広告がつくり出す男女のイメージに生きづらさを感じた経験をもとに、1960年代から先駆的な作品を制作してきたアーティストです。《ヒトの原型》は、肌の色の異なる男女の身体のパーツを組み合わせた作品です。
ピッパ・ガーナー《ヒトの原型》2020年
「密林の火」の章は、過去の歴史をとらえた作品。激しく火花が飛び散った歴史上の瞬間を、現在によみがえらせます。
「小林昭夫とBゼミ」として紹介されているのは、画家、現代美術家の小林昭夫(1929-2000)が1967年に開設した、現代美術の学習システムについて。多彩な現代美術家や評論家を講師に迎え、現代美術の基本を多角的に学ぶコースでした。
小林昭夫とBゼミ
「流れと岩」の章では、進む力とそれを妨げる力がぶつかるところで発生する、強い生命力に着目しています。
李平凡(1922-2011)は、第二次大戦を挟んだ時期に活躍した版画家・教育者です。帝国主義時代に半植民地状態に置かれた中国を憂い、近代化と民族の独立を求めた革命芸術運動「木刻運動」を進めました。
木刻運動は抗日運動とともに広がりましたが、李平凡は版画を通じて日本で版画に関わる人々と出会ったことで、その生涯を日中版画交流に捧げています。
「李平凡の非凡な活動:版画を通じた日中交流」
「苦悶の象徴」の章タイトルは、日本の文筆家、厨川白村(1880-1923)の著作から。白村は、文芸の自由な創造は、前進する力と抑えつける力がぶつかるところから生まれると語っており、この章では抑圧強制との戦いこそ、未来を切り開く力になると示します。
香港を拠点に活動を続けるアーティスト、サウス・ホーの作品は、2014年の革命と、2019-2020年の民主化運動を撮影した写真です。激しい衝突の後に残された静けさをとらえた作品からは、人々の無力感や不安感が漂います。
(右)サウス・ホー《まだ名前が付けられない作品》2021年/2024年プリント ほか
アーティストが生み出した作品とは、アーティストの精神的な自画像ともいえます。「鏡との対話」の章では、作品とアーティストとの関係性に着目しました。
アネタ・グシェコフスカの写真作品には、自分そっくりにつくったシリコン人形と遊ぶ、作者の娘の姿が。人間の仮面をかぶった飼犬も撮影されており、いびつな世界が広がります。
(右)アネタ・グシェコフスカ《ママ no.45》ほか
「わたしの解放」の章タイトルは、富山妙子(1921-2021)の自伝的エッセイから。
二段ベッドが並ぶ雑然とした展示は、你哥影視社(ユア・ブラザーズ・フィルムメイキング・グループ)の作品。2018年に台湾のある工場で働くヴェトナム人女性たちが、待遇改善を訴えて寮に立てこもり、ストライキを始めた事件からの着想です。
你哥影視社(スー・ユーシェン/蘇育賢、リァオ・シウフイ/廖修慧、ティエン・ゾンユエン/田倧源)《宿舎》2023年/2024年
今年の横浜トリエンナーレは、横浜美術館の他、4カ所が会場になっています。
旧第一銀行横浜支店とBankART KAIKOの2会場では「すべての河」の章の作品を展示。イスラエルとパレスチナから来た二人の恋物語を題材にした小説からの命名で、公的な出来事がいかに個人の人生を翻弄するかを示しています。
他に、クイーンズスクエア横浜と、元町・中華街駅連絡通路にも作品が展示されています。この2カ所は公共スペースなので、無料で鑑賞が可能です。
展覧会のボリューム感としては、横浜美術館が85%、あとの4カ所で15%といったところでしょうか。5カ所回るには電車などでの移動が必要ですが、比較的近場なので、半日ほどで鑑賞できると思います。
旧第一銀行横浜支店 SIDE CORE《construction giant》 2024年
そもそも第8回横浜トリエンナーレは昨年12月に開幕する予定でしたが、世界的な半導体不足のあおりを受けて、横浜美術館の改修工事が遅延。3カ月遅れのスタートとなりました。
日本では知られていないさまざまな作家を楽しむことができるのが、ヨコトリの特徴。今回も参加アーティスト93組のうち、31組は日本初紹介です。
また今回の横浜トリエンナーレは「アートもりもり!」の名称のもと、統一テーマ「野草」を踏まえて市内のさまざまな拠点でも関連展示が行われています。あわせてお楽しみください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2024年3月14日 ]